コラム

「小沢首相」で日本経済はどう変わるか

2010年08月26日(木)22時00分

 民主党の小沢一郎前幹事長が、代表選挙への出馬を表明した。鳩山由紀夫前首相も支持を表明したので、「小沢首相」が実現する可能性は低くない。民主党所属の国会議員は423名だから、過半数は212票。小沢・鳩山グループを合計した基礎票は170~190票あり、羽田グループ(11名)も小沢支持を表明したので、過半数は不可能ではない。これから何が起こるか、簡単なシミュレーションをしてみよう。

 代表選の結果、小沢氏が勝った場合、党内はほぼ二分して分裂含みになるだろうが、非小沢系が党を割る可能性は低い。むしろ問題は「政治とカネ」だ。小沢氏の不起訴処分については、検察審査会が再審査しており、「起訴相当」という議決が2度出ると、強制的に起訴しなければならない。しかし憲法では「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない」と定めているので、小沢氏が同意しない限り、起訴はできない。しかし国会では「起訴逃れだ」と追及され、国会運営は困難だろう。

 小沢氏が負けた場合のほうが、分裂の可能性は高い。小沢氏にとっては、年齢的にも今度が最後のチャンスだ。彼は自民党との大連立にかねてから関心を示しており、何らかの大義名分があれば、グループの議員を引き連れて自民党に合流する可能性も否定できない。過去に小沢氏は、そういう離合集散を繰り返してきた。

 この場合、衆議院で自民党(116名)と合わせて過半数(241名)を握るには、衆議院の民主党から125名以上の議員を連れて出なければならない。これ以下だと、相対第一党にはなっても絶対多数の「大連立」にはならないが、小沢氏が70名以上の議員を引き連れて自民党と連立すると、民主党は衆議院で単独過半数を失うので、国会運営はきわめて困難になり、解散・総選挙の可能性も出てくるだろう。

 ここまで政治の混乱が続くと、小沢氏の「剛腕」に期待する向きも少なくないが、問題は政策がどう変わるかである。彼は「総選挙のマニフェストを守る」ということを旗印にしているので、子ども手当などの予算を復活するかもしれない。8月末には概算要求が出るが、小沢政権になると「1割カット」の概算要求基準を大きく踏み超えるなど、混乱が予想される。

 他方、菅首相が続投しても、ねじれ国会を乗り切れるかどうかは疑わしい。予算は衆議院が優越するといっても、赤字国債の発行などの予算関連法案は参議院で否決されたら、衆議院で再可決できないと、にっちもさっちも行かなくなる。小沢グループが離反している状態では、通常国会を乗り切ることは困難だろう。

 どちらにしても政局は流動化し、年度内に解散・総選挙の可能性が高まってきた。細川・羽田政権のときのように、また自民党に政権が戻る可能性もあるが、みんなの党などがからんで政界再編が起こる可能性もある。これは長い目で見ると、必ずしも悪いことではない。6月に就任したばかりの菅首相が、わずか3ヶ月で変わることは望ましくないという意見もあるが、今のように「死に体」の政権が続くほうがよくない。

 日本の政治の混乱は、政策による対立軸がなく、与野党にそれぞれ古い政治と新しい政治が混在していることが原因である。小沢氏が首相になって非小沢系がみんなの党と合流するとか、逆に小沢グループが分裂して自民党と合流すれば、古い政治と新しい政治の対立が鮮明になる。日本経済の最大のリスク要因は、混乱の続く政治である。ここは小沢氏に「壊し屋」の本領を見せてもらい、総選挙で「リセット」するしかないのではないか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米企業、来年のインフレ期待上昇 関税の不確実性後退

ワールド

スペイン国防相搭乗機、GPS妨害受ける ロシア飛び

ワールド

米韓、有事の軍作戦統制権移譲巡り進展か 見解共有と

ワールド

中国、「途上国」の地位変更せず WTOの特別待遇放
MAGAZINE
特集:ハーバードが学ぶ日本企業
特集:ハーバードが学ぶ日本企業
2025年9月30日号(9/24発売)

トヨタ、楽天、総合商社、虎屋......名門経営大学院が日本企業を重視する理由

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...「文学界の異変」が起きた本当の理由
  • 2
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 3
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市場、売上を伸ばす老舗ブランドの戦略は?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    「汚い」「失礼すぎる」飛行機で昼寝から目覚めた女…
  • 6
    筋肉はマシンでは育たない...器械に頼らぬ者だけがた…
  • 7
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 8
    【クイズ】ハーバード大学ではない...アメリカの「大…
  • 9
    カーク暗殺をめぐる陰謀論...MAGA派の「内戦」を煽る…
  • 10
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 1
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 2
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分かった驚きの中身
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 5
    筋肉はマシンでは育たない...器械に頼らぬ者だけがた…
  • 6
    【動画あり】トランプがチャールズ英国王の目の前で…
  • 7
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...…
  • 8
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 9
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 10
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story