コラム

若々しさを保つ「テロメア」は延命効果よりがんリスクの方が高い?

2023年05月16日(火)16時35分
テロメア

テロメアの長さが細胞の分裂回数を制限していると考えられる(写真はイメージです) nobeastsofierce-shutterstock

<米ジョンズ・ホプキンス大医学部の研究者たちが長いテロメアを持つ人たちの健康状態を調査したところ、毛髪などの若々しさが保たれていた反面、一般の高齢者に比べてがんになりやすいことが分かった。その理由をテロメアの発見史とともに解説する>

細胞核を持たない一部の生物(細菌や古細菌などの原核生物)以外の動物や植物は、真核生物と呼ばれます。染色体の両端に「老化のカウント装置」と考えられている「テロメア」と呼ばれる部分を持っています。

テロメアは、特徴的な繰り返し配列を持つDNAとタンパク質でできています。細胞が分裂するときは染色体の遺伝情報がコピーされますが、テロメアは重要な遺伝情報を確実にコピーできるようにする保護キャップの役割をしています。

また、細胞には分裂回数の限界があり、それを超えると細胞の増殖は止まります。これが、「細胞の老化」です。1回の分裂ごとにテロメアが少しずつ短くなることから、細胞の分裂回数はテロメアの長さが制限していると考えられています。

細胞が老化すると、細胞が作り上げている組織や臓器も老化して機能が衰えます。なのでかつては、細胞のテロメアを長く保つことができれば皮膚や内臓は若く保たれ、個体の寿命も長くなると考えられていました。

けれど今回、米ジョンズ・ホプキンス大医学部の研究者たちは、実際に長いテロメアを持つ家系の人たちの病歴を調べて、「長いテロメアを持つ人は、白髪が少ないなどの若々しい特徴が見られた反面、がんになりやすかった」という研究成果を世界四大医学誌に数えられる「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」(5月4日号)に発表しました。

長いテロメアは、私たちの健康にどのように影響するのでしょうか。テロメアの発見史とともに概観してみましょう。

テロメアの長さとヒトの寿命

テロメアの染色体の末端保護機能は、1930年代に後のノーベル生理学・医学賞受賞者であるハーマン・J・マラー氏とバーバラ・マクリントック氏によって、提唱されました。

1970年代になって分子生物学が発展すると、細胞分裂の際にDNAをコピーするときはプライマーと呼ばれる核酸の断片が必要で、この部分はコピー後に除去されるため、コピーされたDNAはオリジナルよりも短くなることが分かりました。そのままでは染色体上の遺伝情報が段々と削られてしまいますが、それを保護する役割をしているのが重要な遺伝情報は持たずに切り離しても影響がない部分であるテロメアです。

さらに、ヒトの体細胞の分裂に回数制限があることは、1960年代にレイナード・ヘイフリック氏らによって発見されていたので、テロメアの長さが分裂回数を制限している可能性も示唆されました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「今すぐ検討必要ない」、中国への2次関税

ワールド

トランプ氏「非常に生産的」、合意には至らず プーチ

ワールド

プーチン氏との会談は「10点満点」、トランプ大統領

ワールド

中国が台湾巡り行動するとは考えていない=トランプ米
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 5
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 6
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 9
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 7
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 8
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 9
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 10
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 6
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story