
ドイツの街角から
ハノーファー・シュプレンゲル美術館 「Niki.草間.村上.Love You For Infinity」特別展─無限の愛をめぐる、アート・アイコンの競演
アーティスト紹介
世界的にも有名な3人を少し紹介しよう。
ニキ・ド・サンファル(1930-2002)トラウマからの再生
フランス・ヌイイ=シュル=セーヌに生まれたニキ・ド・サンファルは、20世紀後半を代表する女性アーティストのひとり。彼女の創作の原点には、幼少期に受けた深い心の傷が潜んでいる。11歳のとき、父親から性的暴行を受けたことを後年自ら明かしている。精神的な療養生活の中で絵を描き始めたことが、アートとの出会いだった。
療養生活の中で絵を描き始め、「アートが私を救った」と語るニキは、怒りや痛みを昇華させるように、女性の自由と生命力を祝福する作品を生み出していった。1960年代には、銃で絵具を撃つパフォーマンス「射撃絵画」で注目を集めた。
そして1974年、ハノーファーの街中に「ナナ」像を設置し、大きな議論を呼ぶと共に国際的な名声を得た。生命を祝福する女性像は、今も街の象徴として親しまれている。
彼女の作品は、フェミニズムや社会問題を芸術に取り込み、時に政治的でもある。その創造力の軌跡を、今回の展覧会では初期の絵画から巨大彫刻までたどることができる。
草間彌生(1929-)内なる幻視と無限
草間は幼いころから幻覚や脅迫的な幻視体験に悩まされ、その恐怖を克服するために水玉や網目を書き続けた。10代の頃からアーテイストを志したが、既成の枠組みにとらわれない表現を求めて渡米。ニューヨークで活動をはじめ、前衛アートの中心人物の一人として頭角を現した。
草間の代名詞である水玉模様は、自己と宇宙のつながり、そして無限の反復を象徴する。彼女の代表作「インフィニティ・ミラー・ルーム」では、光と鏡が織りなす幻想的な空間に包まれ、永遠を感じさせる体験をした。
ファッションブランド・ルイ・ヴィトンとのコラボレーションでも知られ、アートが日常生活に溶け込む象徴的存在だ。
草間の生まれ故郷・松本でも彼女の作品を見てきたが、ここヨーロッパで、ニキや村上と響き合う姿を目にしたとき、思わず息をのんだ。彼らのアートが交わるその瞬間に、「希望のかたち」が確かに見えた気がした。
村上隆(1962-)日本的美と消費社会の批判
村上隆は伝統的な日本美術の技法と、アニメや漫画などのポップカルチャーを融合させる独自のスタイルを築いた。
1990年代には「スーパーフラット」という概念を提唱。これは、浮世絵やアニメに見られる平面的な構図を出発点に、現代社会の消費文化や権威構造を批評する理論として知られる。
1996年にアートプロダクション会社「カイカイキキ」を設立し、若手アーティストの育成にも力を注ぐ。彼の作品は、商業と芸術の境界を軽やかに越えるもので、ルイ・ヴィトンとのコラボレーションでも国際的な注目を集めた。
明るく愛らしい花のモチーフやキャラクターに込められたメッセージは、見る者に笑顔をもたらす一方で、戦後日本社会の虚構や不安、はかなさを映し出している。
彼の創作の根底には、常に「日本的美意識」と「グローバルな視点」の交錯がある。
アートと消費社会...

- シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト協会会員。執筆テーマはビジネス、社会問題、医療、書籍業界、観光など。市場調査やコーディネートガイドとしても活動中。欧州住まいは人生の半分以上になった。夫の海外派遣で4年間家族と滞在したチェコ・プラハでは、コンサートとオベラに明け暮れた。長年ドイツ社会にどっぷり浸かっているためか、ドイツ人の視点で日本を観察しがち。一市民としての目線で見える日常をお伝えします。
Twitter: @spnoriko