コラム

男女双方のストレス軽減を目指す「フェミニズム第3世代」

2016年01月27日(水)16時00分

 それはヒラリー・クリントン国務長官のもとで国務省政策企画本部長を務めた国際政治学者のアン・マリー・スローター(Anne-Marie Slaughter)だ。ハーバード大学やプリンストン大学の教授を務めた後に女性初のプリンストン大学ウッドロウ・ウィルソン公共政策大学院院長にも就任した人物で、結婚し、息子がふたりいる。夫もプリンストン大学の教授を務めている国際政治学者で、「すべてを手に入れた女性」の代表的存在だった。

 スローター自身も、かつては「努力さえすればなんでも実現できるはず」と信じていた。だから、才能があるのに要職をあきらめて地位が低い仕事を選んだり、職場を去ったりする同僚を見るたび、「できないのは、本当に実現させたいという情熱か努力が足りないからだ」と思った。

 そんな彼女が変わったのは、ヒラリー・クリントンから国務省政策企画本部長の職を依頼されて、ワシントンDCに単身赴任してからだ。

 プリンストンに残った夫は妻の仕事の最大の理解者であり、素晴らしい父親だった。家族から応援されて就いた仕事だったのだが、8年生(アメリカの中学3年生)になった長男が、学校から停学をくらったり、警察に保護されたりする問題行動を起こし始めた。長男が母を必要としていると感じたスローターは、さらなる出世よりも家族を選んでワシントンDCを後にした。

 そのときスローターが書いたThe Atlanticの記事『Why Women Still Can't Have It All』は、多くの女性にショックを与えた。「女性だって頑張ればすべてを手に入れることができる」というお手本だったスローターが、「すべてを手に入れることはできない」と書いたのだから。(翌年のTEDトークも同じテーマ〔日本語字幕付き動画↓〕で、これも話題になった)。

 スローターは、自分の体験から「リーンインするか、辞めるか、という極端な選択肢のほかにも何かあるのではないか?」と考えた。

 本書『Unfinished Business: Women Men Work Family』は、話題になったThe Atlanticの記事をさらに掘り下げたもので、昨年のフィナンシャル・タイムズとマッキンゼーのベストビジネス書の最終候補にもなった。

 職場での男女同権がまだ実現していないことや、同等の仕事をしている夫婦でも女性のほうが家事を多くしている事実について語った記事や本はこれまでにも多くある。

 しかし、この本は、そこから一歩踏み出している。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国特別検察官、尹前大統領の拘束令状請求 職権乱用

ワールド

ダライ・ラマ、「一介の仏教僧」として使命に注力 9

ワールド

台湾鴻海、第2四半期売上高は過去最高 地政学的・為

ワールド

BRICS財務相、IMF改革訴え 途上国の発言力強
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗」...意図的? 現場写真が「賢い」と話題に
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    コンプレックスだった「鼻」の整形手術を受けた女性…
  • 7
    「シベリアのイエス」に懲役12年の刑...辺境地帯で集…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    ギネスが大流行? エールとラガーの格差って? 知…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 10
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story