コラム

朴大統領失職後の韓国と蔓延する「誤った経済思想」

2017年03月21日(火)15時30分

大統領罷免の決定を喜ぶ人々(3月10日) Kim Hong-Ji-REUTERS

<韓国では、政権と財閥グループとの関係を叩き、破壊すること、いわば「構造的要因」を正すことに国民は熱狂している。しかし、韓国経済の停滞の真因は、構造的なものではなく、むしろ総需要の持続的な不足にこそその原因がある>

朝鮮半島のリスクが急速に高まっている。北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)を数年以内に実用化する目処がついたという報道がされている。その射程範囲は、米国本土まで達するだろう。これはアメリカにとっては静観することは安全保障戦略上不可能である。また中国も米国など国際世論に圧されて北朝鮮への批判のトーンを高めている。マレーシアでの金正男暗殺事件をみせられた国際社会では、北朝鮮の暗黒面が急速に拡大し警戒を強めている。

また韓国は、朴槿恵氏は弾劾裁判によって大統領の職を失った。また大統領への収賄容疑で、最大派閥のサムスングループのトップであるサムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が逮捕された。そして第三派閥のSKグループの代表もまた検察の事情聴取をうけている。マスコミの報道によれば、今後、大統領と他の財閥グループ、主要企業との関係が法的な問題になるという。朴氏自身が逮捕される事態になっても大統領の職務をやめているのでそれほどのショックはないだろう。だが、各財閥グループや主要企業はその経済的活動の面で大きな影響をうける可能性はある。

またなんといっても政局である。現在のところ、北朝鮮に親和的な政治勢力が次の大統領に近いとされている。もし実際にそうなった場合に、北朝鮮のICBMの完成が目されるこの数年間、北朝鮮に対して宥和的な政権が存在し続けるということになる。これは米国や日本にとっては安全保障上のリスクを急上昇させるにちがいない。まさに朝鮮半島の政治的状況はこの意味で危険信号だ。

韓国国民の「構造改革病」

他方で、大統領と財閥グループとの関係を叩き、破壊することへの国民の支持は手堅い。いま書いたような安全保障上のリスクがあるにもかかわらず、国内のいわば「構造的要因」を正すことに国民は熱狂しているようだ。もちろん政治的な対立は常にこの国では社会を分断するほど熱くなりやすい。特に朴氏が失職した前後は、異なる政治勢力の衝突は過激さを増していた。それでもこの大統領と財閥グループ叩きこそ、韓国社会や経済を改善すると思っている国民は広範囲で、また数も多い。あたかも韓国国民が「構造改革病」に罹患しているかのように思える。

韓国経済の特徴を経済システムの観点から、「韓国型一元的政府企業関係」ととらえる研究者たちがいる(池尾和人・黄圭燐・飯島高雄『日韓経済システムの比較制度分析』日本経済評論社)。彼らによれば、韓国経済が1960年代から90年代前半にかけて急速に経済成長を遂げてきた理由は、政府(国家)主導の一種の産業政策による。例えば政府が経済計画を策定し、そのガイドラインに沿って、大統領府の経済担当の高官と財閥グループのオーナが直接に交渉し、財閥グループに属する個々の企業の動向をモニタリングしていく。例えば輸出動向、資金調整などを政府高官と財閥オーナーが一対一で交渉していくのである。このような政府と財閥系の企業関係が、大統領府の強力な一元管理のものとに行われることを、「韓国型一元的政府企業関係」と名付けた。

この産業政策は、韓国がキャッチアップをするときに実にうまく機能し、それは大統領の強い権限(例えば朴槿恵氏の父親である朴正煕大統領の時代がそのピーク)を支えにすることから、「開発独裁型」とも「開発主義」の経済とも表現された。

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story