コラム

あなたは、鈴木花純を聴いたことがあるか? 2017年最も注目する入魂のアイドル

2017年01月19日(木)15時00分

テレジア公式 鈴木花純 『私のこと』 Youtubeから

人のこころを救う歌唱力

 2016年年末、フリージャズ専門の名店荻窪ベルベットサンで、若田部昌澄(早稲田大学教授)、安達誠司(エコノミスト)、山形浩生(評論家)ら、著名な「リフレ派」の面々を前にして、若き歌手が絶唱を繰り広げた。

 鈴木花純(かすみ)、二十二歳。ミスコンに出てもおかしくない整った顔立ちと黒目勝ちの大きな瞳、流れる黒髪。地味といっていいくらいのワンピースで華奢な体をつつみ、だがその歌声は、その場にいたリフレ派や満員の観客を、ぐいぐいその世界観にひきこむ迫力に満ちたものだ。偶然に、機材のトラブルで伴奏が絶えた中でも、鈴木花純は動揺することなく、アカペラで持ち歌の「ゆきか」を歌いきる。まさに絶唱だ。その見事さは、パフォーマンス終了後、経済評論の世界では手ごわいリフレ派の面々が、彼女のCDを買い求めたことでも明らかだ。

 鈴木花純はアイドル「テレジア」のメンバーである。だが、テレジアにはひとりしかメンバーがいない。つまり鈴木花純はソロのアイドルということになる。筆者が、今年もっとも注目するアイドルだ。

 日本には無数のアイドルがいる。その人数は千人を軽くこえるだろう。例えば年末の紅白歌合戦に初出場した欅坂46、ポストPerfumeともいえるNegicco、国際的な評価が極めて高いBABY METALなど。アイドル界だけではなく、文化的なシーンにまで影響を与える人たちの名前をあげるに事欠かない。だが、筆者は、まだ一般的には無名に近い、鈴木花純をその中でも最前列に推したい。

 なぜか。冒頭に紹介したシーンに答えはある。最近、浜田宏一イェール大学名誉教授(内閣府参与)の発言を曲解して、「リフレ派は分裂した」というおかしな主張をする人たちがいる。しかしリフレ派はとうの昔に分裂しているのである。なぜなら、アイドルに関心のあるリフレ派は筆者だけだからだ。冗談めいたことを書いたが、要するにリフレ派の多くはアイドルに興味はない。だが、彼らの多くが鈴木花純の絶唱に聞きほれ、その場でCDを買い求めたことに、鈴木の特徴がすべて出ている。人の心を震わせる歌。それはアイドルというジャンルを超えて、普遍的に人の魂をつかむものだ。

 鈴木花純の芸歴は長い。現在のテレジアの世界を、二人三脚で創り上げている、つぶPこと遠藤正樹プロデューサーに出会ったのが二年ほど前。それ以前から、鈴木は別な事務所でアイドルやモデルとして活動していた。複数のメンバーからなるアイドルに所属し、ライブや撮影会などに励んでいた。筆者は当時の動画をみたことがあるが、正直、そこには現在の鈴木の個性を認めることは難しい。鈴木花純に当時のことを聞いたことがあるが、本人にも苦悩の時代だったといっていいだろう。たまたま対バン(複数のアイドルが参加するライブ)で遠藤と顔見知りになったことが、鈴木の転機となる。同じアイドルグループにいた岡村まゆりと共に、新ユニット「テレジア」を立ち上げることになった。

 テレジア。歴史上、この名前は宗教的なニュアンスを帯びることがある。マザー・テレサの名前の由来ともなっているカトリックの聖人"小さき花のテレジア"はその象徴である。この夭折した聖なる少女の残影が、筆者にはアイドルのテレジアにも重なることがある。実際に、テレジアの代表曲であり、いまも鈴木花純がソロで歌い継ぐ「ゆきか」は、若くして亡くなった遠藤の妹への追慕である。鈴木花純と"つぶP"のふたりの作り出す歌の世界は、失われたものへの尽きない想い、巡り合った人たちとの縁を大切にするもの、そしてなによりも魂の救済とでもいっていいその曲そのもの。そこに奇跡的といっていい、呼気と吐気で織りなされる情感豊かな鈴木の入魂の表現がくわわり、テレジアの世界は生み出されている。

 もちろん今の鈴木花純の歌唱が生まれるにはさらに試練が待っていた。デビューから一年ほどで、岡村まゆりが脱退し、テレジアは解散の危機に瀕した。遠藤プロデューサーは事業からの撤退を決意していたらしい。それを翻意させたのが、「歌を唄い続けたい」という鈴木の願いだった。そのとき、彼女が遠藤に送った言葉は、その後ひとつの曲になっている。

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story