コラム

日本で歌姫はどのように生まれるのか? 西恵利香の昼と夜

2016年09月26日(月)11時40分

西恵利香 / Erika Nishi 「LISTEN UP」 Teaser - YouTube

<日本の文化経済を支える柱のひとつとなっていたアイドル市場。欧米で人気を高めるグループがある一方で、国内アイドル市場はゆるやかに縮小し、構造的な変化を迎えている。その中で、「脱アイドル化」する西恵利香の例を紹介したい。>

緩やかに縮小し、構造的な変化を迎えているアイドル市場

 日本の文化経済を支える柱のひとつは、間違いなくアイドル市場である。以前、試算したことがあるが、ざっと市場規模は2500億円。活動している女子アイドルの数は5000人前後だといわれている。経済規模も大きいが、また世界的な知名度でも日本の文化をリードしている。欧州を中心に人気の高いPerfumeやBABYMETAL、そしてアジア圏ではAKB48グループの知名度は、アイドルの枠を超えて広がっている。

 他方でアイドル市場が変わり目に来ているのも事実だ。多い時では月に十数グループも業界から姿が消える。またグループだけではなく運営母体である事務所の解散も相次いでいる。数年前のように全体の規模が膨らんでいく時代を終えて、女子アイドル市場自体は緩やかに縮小しているようだ。「アイドル戦国時代」といわれたブームはとっくの昔に去り、市場の縮小とあわせて構造的な変化を迎えている。

 この構造的な変化の中で、筆者が前から注目しているものに、ふたつの特徴がある。ひとつは、アイドルの楽曲やパフォーマンスの高度化という現象だ。数年前とは異なり、飛躍的に女子アイドルの歌やダンスのうまさがレベルアップしている。またファンの中で「楽曲派」とでもよぶべき、アイドルの歌のうまさや曲の良さを愛好する人たちが徐々にその数を増やしている。これはアイドル側の差別化戦略が成功している現れでもある。楽曲の内容もロック、ヘビメタ、ラップ、ディスコ調、ノイズ、前衛的な現代音楽を取り入れたものなど多彩だ。楽曲を提供する制作者の側も、アイドルを通して様々な実験を試していて、意欲的である。

 もうひとつの特徴は、「脱アイドル化」という現象だ。この「脱アイドル化」は文字通り、アイドルから音楽的なアーティスト(シンガー、パフォーマー)に移行する場合が多い。また「脱アイドル化」の極端形としては、日本的なアイドルの特徴(かわいらしさ、ファンとアイドルの共通体験の物語化など)を一切拒否する試みも最近現れている。後者の一例として、既製品的な"かわいらしさ"を拒否したブスiD(筆者はあまりにひどいグループ名だと思う)、名前も顔もわからないアイドルグループ「・・・・・・・・・」などをあげることができる。ただ前者の音楽的なアーティスト路線への転換の方が一般的である。そして実際に魅力的なアーティストを生み出している。

「脱アイドル化」する西恵利香

 今回、紹介したいのは、現在のアイドルの構造的変化のふたつの要素、(1)歌唱の高度化、と(2)脱アイドル化(アーティストへの転身)を体現している、実に魅力的なシンガーだ。名前は西恵利香。愛称は、えりす。今後もっとも注目すべきシンガーのひとりだろう。

 彼女の芸歴は長い。現在のシンガーの前は、アイドルグループAeLL.(エール)に所属していた。AeLL.は「エコロジー」や「健康」という独特のコンセプトを体現していた。アイドル名自体が、「Activity Eco Life with Love」の略だ。富士山清掃のための登山イベント、南アルプス市上宮地地区の遊休地を開墾し、農業体験をするプロジェクトなど、さまざまな「環境問題」とアイドル活動を結び付けていた。この例だけでも、いまのアイドルの多様化がわかるのではないか。

 このアイドルグループは、2011年から14年にかけて約3年活動を展開する。西恵利香のほかに、現在、グラビアアイドルとして人気のある篠崎愛ら四名のメンバーが所属していた。現在は公式には活動休止中である。実はこのAeLL.(エール)時代に、すでに西恵利香の「脱アイドル化」路線は準備されていた。彼女の歌唱力の素晴らしさが、あまりにもアイドルという枠を打ち破っていたからだ。

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド

ビジネス

米、エアフォースワン暫定機の年内納入希望 L3ハリ

ビジネス

テスラ自動車販売台数、4月も仏・デンマークで大幅減

ワールド

英住宅ローン融資、3月は4年ぶり大幅増 優遇税制の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story