コラム

ジンバブエの旗とハイパーインフレ

2016年04月07日(木)16時00分

 最近の日本でも「日本銀行がインフレ目標を導入するとハイパーインフレになる」とか「消費増税を延期すれば財政再建に不信が生じてハイパーインフレになる」などという"大嘘"が出回った(いまも後者は出回っている)が、本当のハイパーインフレを起こすのは並大抵の努力ではない。

通貨の信用はゼロにはなりきれない

 ムガベ政権の国家財政は簡単にいえば、こども銀行に似ている。幼い子供たちが紙切れに自分勝手に数字を記入して、それですべての買い物をすませてゲームと同じ構造なのだ。つまり政府がどんどん貨幣をすり、それで国家財政をまるごとやりくりしてしまう。財政赤字があろうがなかろうが、そんなことは一切関係ない。そのおかげでジンバブエの通貨の信認は事実上のゼロに近くなってしまったのだ。

 ただ不思議なことだが、まったくゼロではない。5000億%のインフレになっても国民はまだこのジンバブエドルを使い続けたのだ。物々交換や他国の通貨を闇で使うことはあったが、自国通貨を完全に放棄はしない。そのため100兆ジンバブエドル通貨が必要とされたのである。ここに貨幣の興味深い謎がある。どんなに信用が下落しても、通貨の信用はゼロにはなりきれないのだ。

 ちなみにハイパーインフレは、第一次世界大戦後のヨーロッパ諸国や戦後まもない日本等でも経験があるのだが(といっても日本のハイパーインフレはたかだか??年率70%台である)、顕著な特徴が存在する。それは各国の中央銀行のマネーの供給量と物価の上昇レベルとが"連動していない"ことにある。つまり中央銀行が貨幣を刷る、その量をはるかに上回ってインフレ率がすすんでいくのだ。貨幣の量と物価の関係性が切断されているとも表現できる。それだけ自国通貨への信頼が毀損してしまったのだ。貨幣の増加レベル+通貨の信認の低下=物価の急上昇、という公式で整理できる。左辺の第二項がとりわけ重要だ。

2016年から中国の人民元がジンバブエの法定通貨に

 「通貨の信認」は要するに政府や中央銀行の政策スタンスがかかわってくる。中央銀行がいくらインフレ抑制を叫んでも、他方で政府が自分の都合でどんどん紙幣を刷ってしまえ、そんな中央銀行の発言はなんの説得力ももたないだろう。

 ジンバブエではジンバブエドルに代えて、すでにアメリカドルが法定通貨になり、今回は人民元がこれに加わる。これは通貨の信認を他国通貨で補う方策なのである。

 ちなみにこのハイパーインフレが、貨幣の発行量と連動していない、むしろ政策スタンスが重要である、という視点は重要だ。日本のようなデフレから脱するためには、単にマネーを大量に刷るだけではなく、その政策が信頼されることが必要条件になる。その信頼の枠組みが、「必ずインフレ目標を達成する」という政策なのである。

 ジンバブエのハイパーインフレを考えることは、実は日本のデフレ経済を考えることにつながっている。

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

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