最新記事
未来都市

SF映画の世界...サウジ皇太子が構想する直線型都市は「未来の街」か「監視社会」か

A TALE OF TWO MEGALOPOLISES

2024年6月18日(火)18時29分
ヤンウェルナー・ミュラー(米プリンストン大学教授〔政治学〕)

ベネチア・ビエンナーレ建築展で入手できた豪華な大型本によれば、ザ・ラインのインスピレーションの源はパンクだという。パンクは攻撃的な反体制の音や表現を通じて、音楽を最大限に破壊した。

ザ・ラインの立案者たちは道路などの基本的なものを取り除くことが、都市に対する従来の解釈を最大限に破壊すると考えている。

独裁者が欲しい好都合な物語

この大型本によれば、ザ・ラインの住民の多くは外国から移住してくるクリエーティブな人々になる。この都市は「自由な思索者」を「制約のない開放的な都市空間」に引き付けることを目指しているという。

ザ・ラインは進捗状況が明らかでなく、計画どおりに完成するかも分からない。ムハンマドはベンチャーキャピタリストさながらに、いくつもの巨大建造物に資金を投じているようだ。その中には成功するものもあれば、失敗するものもあるだろう。

今年4月には、ザ・ラインの第1段階の計画縮小が報じられた。30年までに建設して150万人が暮らすという当初の目標から、住民は30万人にまで減らされ、全長も約2.4キロに短縮されるという。

プロジェクトの実現可能性には大きな疑問符が付く。現時点では、PR資料が示すような高速鉄道は造られていない。火災の際の安全性の確保や、道路がない都市でどうやって救急車を走らせるかも明確になっていない。

いくつかの研究では、直線型よりも環状型の都市のほうが環境に優しいという見方も示されている。

鏡貼りになっている高さ500メートルの壁に衝突しかねない鳥類や、新しい都市の建設によって砂漠を横切れなくなる野生動物への影響についても、ほとんど考慮されていないようだ。ザ・ラインの建設予定地にいま暮らしている人々のことも、ほぼ無視されている。

ザ・ラインが完成すれば、最大で2万人の先住民ハウェイタット人が住む場所を追われる可能性がある。人権擁護団体はサウジアラビア政府がプロジェクト反対派を厳しく弾圧していると批判しており、これまでハウェイタット人の活動家1人が特殊部隊に撃たれて死亡した。

それでもイスラム原理主義的な王家が支配するサウジアラビアは、前衛的なアイデアによるイメージチェンジを図っている。目指すは近代的なだけではなく、ヒップで自由な政府のイメージだ。

この意味でサウジアラビアの取り組みは、ヨシフ・スターリンが芸術と建築に対して従来型のアプローチを取る前の、初期のソ連が行った芸術的実験に似ている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米ナスダック、トークン化による株式取引案をSECに

ワールド

再送エルサレムのバス停で銃撃、6人死亡 犠牲者にス

ワールド

日本車関税引き下げなど、9月16日までに発効見込み

ビジネス

独フォルクスワーゲン、大規模投資巡り米政府と協議中
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 3
    エコー写真を見て「医師は困惑していた」...中絶を拒否した母親、医師の予想を超えた出産を語る
  • 4
    石破首相が退陣表明、後継の「ダークホース」は超意…
  • 5
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 6
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 7
    ロシア航空戦力の脆弱性が浮き彫りに...ウクライナ軍…
  • 8
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 9
    ドイツAfD候補者6人が急死...州選挙直前の相次ぐ死に…
  • 10
    コスプレを生んだ日本と海外の文化相互作用
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 7
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 8
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 9
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 10
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中