最新記事

植物

「小さな死のリンゴ」 下に立つだけで有害、ギネスが認めた世界一危険な樹木とは

2021年11月30日(火)18時20分
青葉やまと

触れたり雨の日に樹の下に立ったりしないよう警告されている wikipedia

<火傷や失明などを招くマンチニールの樹が、フロリダと南米に分布している>

広大な国立公園を擁する米フロリダ州・エバーグレーズは、迫力あるワニの観察地として知られている。しかし、一帯に広がる湿原で最も危険な存在は、アリゲーターではなく、とある樹木なのかもしれない。

この地に生えるマンチニールの樹は、一見どこにでもある果樹のようだ。樹高は数メートルから、大きなものでも15メートルほどだ。海岸や湿地帯などによく見られ、枝にはつややかな葉がよく繁る。小ぶりのスモモあるいはリンゴのような緑色の実をつけ、その甘く豊かな香りは食欲さえそそる。

しかしその実態は、致死性の毒をもつ危険な樹木となっている。樹液、果実、樹皮と、あらゆる部分が猛毒であり、古くは「小さな死のリンゴ」の異名で恐れられた。フロリダ州のフォックスニュース・タンパベイ局のリポーターは、「この樹の何もかもが有毒なのです。リンゴの実のように見える(果実の)部分だけでなく、葉も枝も樹皮も、すべてです」と語る。

Manchineel: The most deadly tree in the world


幹から滲み出る乳白色の樹液は猛毒で、少しでも触れると強いアレルギー反応を引き起こし、皮膚に浮腫を生じる。雨の日には洗い流された樹液が滴り落ちるため、樹の下に立つだけで体じゅうに水ぶくれができることになる。ギネスワールドレコーズは2011年、マンチニールを「最も危険な樹」に認定した。

食用すれば喉は焼け付くような痛みに襲われ、場合によっては命を落とすことがある。また、毒性が強いことから、枯れ木の処分にさえ注意が求められる。幹を燃やせば、内部に残留している成分が煙に混じって周囲に放出される。この煙が目に入っただけでも、最悪の場合は失明に至ることがある。

16世紀探検家の命を奪う

マンチニールの樹には、歴史上有名な探検家の命を奪ったとの逸話も遺されている。16世紀、ヨーロッパ人として初めてフロリダに上陸したといわれるスペイン人探検家のフアン・ポンセ・デ・レオンは、8年後に再びの遠征に繰り出す。フロリダ南部までの航海に成功したものの、現地に住む部族の襲撃を受けて命を落とすことになる。

このとき受けた毒矢に塗られていたのが、ほかならぬマンチニールの樹液であったとされる。以来スペイン人たちは、「小さな死のリンゴ」と呼んでマンチニールを恐れてきた。

現在マンチニールは「低危険種」に分類されており、近い将来に絶滅が危惧されるレベルではないものの、個体数は比較的少ない。エバーグレーズ湿原のほかには、カリブ海沿岸などに少数が見られるのみだ。

しかし、リンゴの樹のように親しみやすい外見でありながら危険度の高い植物であり、分布する地域においては知られざる厄介者となってきた。あまり頻繁にみられない種だからこそ、毒性への認識が広まりづらいという側面もあるだろう。

危険性を周知すべく、現地では一部の樹に赤色の立て札が添えられ、触れたり雨の日に樹の下に立ったりしないよう警告を発している。なお、湿地帯や沿岸部で生育するマンチニールには、環境保全上プラスの効果もある。ハリケーン発生時に暴風を緩和し、沿岸を浸食から守る作用をもたらす。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

EXCLUSIVE-プーチン大統領、ウクライナ停戦

ビジネス

米耐久財受注、4月は0.7%増 設備投資の回復示唆

ビジネス

米ミシガン大消費者信頼感、5月確報値は5カ月ぶり低

ビジネス

為替変動「いつ何時でも必要な措置」=神田財務官
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目の前だ

  • 2

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」...ウクライナのドローンが突っ込む瞬間とみられる劇的映像

  • 3

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決するとき

  • 4

    批判浴びる「女子バスケ界の新星」を激励...ケイトリ…

  • 5

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 6

    テストステロン値が低いと早死にするリスクが高まる─…

  • 7

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 8

    日本を苦しめる「デジタル赤字」...問題解決のために…

  • 9

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 10

    「現代のネロ帝」...モディの圧力でインドのジャーナ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 4

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 7

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 8

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 9

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 10

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中