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NYは毒入りリンゴ? 子ども5400人が鉛中毒に

2017年11月23日(木)13時00分

コニーアイランドの子どもたち

苦情申し立てを出発点とする取り締まり手法は、鉛中毒対策として「極めて効果的」だと市当局は声明で述べた。

だが、それは常に機能するわけではない。子どもが実際に中毒を発症するまで、自力対応を強いられる世帯もある。

ブルックリンのコニーアイランド地区にある築116年のアパートの一室では、2人の子ども用ベッドの隣の汚れた壁に「鉛含有ペンキ」のスタンプが押されている。検査員が最近訪れ、鉛を検出した。

HPDの記録によると、この建物からは、他にも163件の住宅条例違反が見つかっている。

記者がこのアパートを最近訪問したところ、建物の電気は止められ、共有部分にはネズミの糞が散らばっていた。アパートの一室では、改造されたガスオーブンが、暖房代わりに使われていた。

2015年にホームレスのシェルターから2人の子どもと転居してきたナタリア・ローリンズさん(25)は当初、ここに入居できてラッキーだと思った。市の自立支援プログラムを利用して、月額家賃が1515ドルの部屋に入居。家賃は、ほぼこのプログラムから支払われた。

だが、彼女は入居後まもなく、幼い息子たちのことを考えて怖くなった。古いペンキははがれ、天井はたわみ、ゴキブリやネズミ、ハチがはびこり、床板はゆがんで、窓は割れていた。

「シェルター住まいは嫌いだった。でも、だからといってこんな環境で暮らさなくてもいいはずだ」と、デイケアスタッフとして働くローリンズさんは語る。「大家に電話しても無視される。(市の支援プログラムを)利用していると、扱いが異なる」

ローリンズさんは、市当局のホットラインに十数回電話し、懸念を伝えた。検査員がやってきたが、最初は鉛検査を実施しなかったという。

2カ月前、息子のノアちゃん(2)が鉛中毒と診断された。検査結果を受け取った後、市の保健局の担当者がすぐにやってきて、部屋内に大量の鉛含有ペンキが使われていることが分かった。

ノアちゃんの言葉は発達しているが、音に敏感で、異物を食べようとする行動を、ローリンズさんは懸念している。ノアちゃんと自閉症の兄ランディちゃんを連れてローリンズさんはいま、ブロンクスにある、病院が運営する鉛中毒患者向けの安全な住まいに滞在している。

このアパートの大家、アービン・ジョンソンさんは、ローリンズさんの入居時、アパートは「極めて良好な状態」だったと話し、「子どもが鉛にさらされたのなら、どこかほかの場所からの鉛だろう」と言う。

だが市側は、鉛中毒になる子どものほとんどは、自宅で鉛に接触していると指摘する。記録によると、ジョンソンさんが所有するアパートの建物は2007年以降ずっと、市内で「最も状態が悪い」集合住宅200軒のリストに含まれている。

「この大家は、幼い市民を守るための安全義務にたびたび違反している」と、市側は指摘。ジョンソンさんに「速やかに」条例違反を解消するよう求め、ローリンズさんには新しい住居を探しているという。

公営住宅の問題点も明るみに出た。ニューヨークの公営住宅担当部署が、古い公営住宅の鉛含有ペンキ検査を毎年行っていないことが、連邦当局の調査で判明した。「われわれは改善しなくてはならない」と公営住宅の広報担当者は述べた。

ニューヨーク市全体では、血液検査を受けた子どものうち、高い鉛濃度が検出された割合は2015年が1.7%で、CDCによる全米推計値の2・5%を下回っている。

だがその割合は、地区によって大きなばらつきがある。

マンハッタンの裕福なアッパーウエストサイド地区では、近年でも鉛中毒の割合はミシガン州フリントと同水準だった。この地区には、壮麗な古い建築物や、数百万ドルもするアパートが多く、鉛に関する作業安全基準を守ることなくリノベーションが行われれば、子どもたちが危険にさらされる恐れがある。

ウィリアムズバーグの苦悩

数十年前、ブルックリンのウィリアムズバーグ地区は、ほとんどが工業地区で、家賃も安かった。だが今では、マンハッタンのダウンタウンを川向こうに望む恵まれた眺望や広々としたロフトが、裕福な人々の興味を集めている。

ここには労働者階級の住民もまだ残っている。その中には、第2次世界大戦時にこの地区南部に住み始めたユダヤ教ハシド派の数千人に上る人々も含まれる。独特の服装と伝統を守る超正統派ハシド派のライフスタイルは、すぐ隣で繰り広げられている流行に敏感なヒップスターの華やな生活とは対照的だ。

ハシド派が住む地区は、子どもの鉛中毒発生率が異常に高く、ロイターの調査ではニューヨークで最も危険な地区となっている。

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