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トランプの人種差別政策が日本に向けられる日

2017年1月31日(火)17時41分
譚璐美(作家、慶應義塾大学文学部訪問教授)

 その法律による変化は絶大だった。私は昨年夏以降、2度ほど日本とアメリカを往復した。1月から夏までの間のことはわからないが、夏以降の半年間だけでも、アメリカの入国審査は格段に厳しくなってきており、露骨な人種差別がまかり通っているのではないかと思わせられるほどだ。

 以前なら人種に係わらず、グリーンカード保持者は米国国籍保持者と同一に扱われ、入国審査もそれほど厳しいものではなかった。それがこの半年ほどの間に、アラブ系ばかりか、中国系や韓国系、インド系の人々も、たとえ米国国籍やグリーンカードを持っていても、外国からの渡航者以上に根掘り葉掘り質問され、長時間の厳しい審査を受けるようになった。

 その結果、入国審査場は長蛇の列ができて大混雑だ。中国人に至っては、観光客であっても「移民傾向」を疑われ、さらに別室で調べられる例が少なくない。不法滞在・不法就労を水際で防ごうという厳しい措置なのである。

 今回のトランプ大統領の命令によるイスラム系移民の入国拒否や拘留は、こうした格段に厳格化した入国審査を、さらに一歩進めたもののように思える。

 20年ほど前まで、アメリカの入国申請書には、「あなたは共産党員ですか、または過去に共産党員でしたか」という質問事項が記されていた。「イエス」と書き込めば、無論、入国拒否に遭うのは必定だった。

 そのため、戦前に中国共産党員だった私の父は、米国国籍を取得してワシントンで医学者になった兄の身を心配して、20年近く音信を絶ったのだ。当時私たち一家は日本にいて、私はまだ中学生だったが、あの頃の寂しさと悲しさは今もよく覚えている。

【参考記事】2000億ドルもの中国マネーがアメリカに消えた?

 今日では入国申請書から渡航認証の事前取得へと切り替わったが、申請時に「あなたはイラン、イラク、スーダンまたはシリアに渡航または滞在したことがありますか」という質問事項があるのだろうか。もしあるなら、なにがしかの縁者の中には、私と似たような思いを味わう人が出てくるかもしれない。

 今のところ、日本人は例外的に優遇されている。アメリカ在住者も日本からの旅行者も、日本のパスポートさえ見せれば、入国審査官の態度もそれなりに柔和になり、よほどの場合でない限り、おおむね短時間で事足りるのである。日米間の親密な関係が幸いしているのかもしれない。

 だが、日本人も安心してばかりはいられない。今回はイスラム系7カ国に対する審査の厳格化が招いた騒動だが、これを「対岸の火事」だとおもって眺めているうちに、いつ、火の粉が日本へ降りかかってこないとも限らない。

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