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トランプの人種差別政策が日本に向けられる日

2017年1月31日(火)17時41分
譚璐美(作家、慶應義塾大学文学部訪問教授)

アジア人に対する潜在的な差別意識

 振り返れば、過去にはアメリカの日本人差別があった。第二次世界大戦中に、日系人の財産を没収し、大々的に隔離政策を実施している。米国国籍を持つ若者は、アメリカへの忠誠心を示すために、志願して米軍兵士になり勇猛果敢に戦い、多くの犠牲者を出した。日米両国で家族が生き別れになった例も少なくない。

 中国人に対する差別も無論あった。日本人に対するより早い時期のことだが、19世紀半ばに大陸横断鉄道の建設労働者として大量に呼び入れられた中国人は、1日12時間の重労働に耐え、爪に火を点すように慎ましく暮らして貯金を蓄えたが、いざ、帰国しようとして資産凍結の憂き目にあい、アメリカに根を下ろして華僑になった人々もいた。アメリカ開拓時代には低賃金の下層労働者が不可欠だったせいだろう。華僑に対する厳しい法的規制はその後も何度もあった。

 そんな昔の例を上げなくても、9.11同時多発テロ事件の折にも、ハドソン川のほとりで景色を眺めていただけのインド人が市民に怪しまれ、通報されたことがある。一見してインド人とアラブ人の区別がつかなかったからだ。

 いずれにしても、アメリカにはアジア人に対する潜在的な差別意識と優越感をもつ人がいる。それがトランプ大統領でないことを祈るばかりだ。

 今後、もし日米間の経済交渉が暗礁に乗り上げ、あるいは米軍の駐留問題で合意に達しなければ、そしてトランプ大統領自身が満足するような結果が得られなかったと判断したら、日本への制裁措置として、日本人への入国審査の厳格化や入国禁止措置を講じないとは断言できないのである。

 あるいは中国との著しい貿易赤字の解消ができずに、アジア人を十羽ひとからげにして、法律も国籍も関係なく、日本人に対しても攻撃の矛先を向けてくるかもしれない。

 唯一の救いは、アメリカ市民には良心と理性が今も健在なことだ。極端な大統領令の連発に反発する人々の抗議活動は日増しに広がり、国政を左右するほど盛り上がりつつある。

 30日夜、トランプ大統領は、大統領令の実施に異を唱えた司法省のイェーツ長官代理を解任した。国務省や議会とも対決姿勢を強めつつある。事態はまだ流動的で、どんな事態が発生するのかわからない。

 目下アメリカのメディアを激しく罵り、露骨に敵視し、諸外国との国際摩擦も恐れていない様子のトランプ大統領だが、このうえアメリカ国民まで罵るようなことがあれば、アメリカ大統領としては、もう先がないのではないだろうか。

[執筆者]
譚璐美(タン・ロミ)
作家、慶應義塾大学文学部訪問教授。東京生まれ、慶應義塾大学卒業、ニューヨーク在住。日中近代史を主なテーマに、国際政治、経済、文化など幅広く執筆。著書に『中国共産党を作った13人』、『日中百年の群像 革命いまだ成らず』(ともに新潮社)、『中国共産党 葬られた歴史』(文春新書)、『江青に妬まれた女――ファーストレディ王光美の人生』(NHK出版)、『ザッツ・ア・グッド・クエッション!――日米中、笑う経済最前線』(日本経済新聞社)、その他多数。新著は『帝都東京を中国革命で歩く』(白水社)。

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