最新記事

デマ情報

ロシアのデマ作戦に米国敗北、大統領選でリスク現実に

2016年12月26日(月)09時41分

12月20日、米ホワイトハウスでサイバーセキュリティーを担当する現・元顧問によれば、大統領選挙期間中、インターネットを介してロシアが仕掛けてきたデマ作戦に対しては何ら確固たる戦略を持っていなかったという。写真は、クリントン氏の支持者が小児性愛のサークルを開いているという風説が拡散したワシントンのピザレストラン。5日撮影(2016年 ロイター/Jonathan Ernst)Joseph Menn

米国政府は10年以上にわたって外国勢力による悪意あるハッキングへの対応を準備してきたが、ホワイトハウスでサイバーセキュリティーを担当する現・元顧問によれば、大統領選挙期間中、インターネットを介してロシアが仕掛けてきたデマ作戦に対しては何ら確固たる戦略を持っていなかったという。

はるかに大きな労力が投じられてきたのは、こちらから仕掛けるハッキング攻撃の計画、可能性は低いものの甚大な損害につながる電力網や金融システムに対する電子的な攻撃、あるいは直接敵に投票システムを不正操作しようという試みへの備えだった。

連邦政府の顧問と情報機関の専門家らによれば、ここ数年、米国の情報機関は、ウクライナなどの地域におけるロシアの組織的なハッキングとデマ拡散を追跡してきたという。だが、そうしたプロパガンダが米国を標的にするリスクについて、政権内での持続的かつハイレベルな協議はほとんど行われなかった。

セキュリティー関係者によれば、大統領選挙の期間中、そのリスクは現実のものとなり、選挙結果を変えてしまった可能性もあるという。だが米国の当局者は、言論の自由が憲法で保障されているため、ロシアの支援を受けたプロパガンダの企てを捜査することに限界を感じていた。

元ホワイトハウス当局者は、米国政府が外国に支援されたデマの流入に対する抑止を試みても、政治的、法的、倫理的に大きな障害に直面すると警告する。

「大規模な監視を行い、自由を制限しなければならないだろう。しかしわれわれにとっては、そうしたコストは受け入れがたかった」と元当局者は匿名を条件として語った。「彼ら(ロシア)は、われわれがやらないような方法で情報の流通をコントロールできる」

元米連邦捜査局(FBI)捜査員で現在はセキュリティー分野のコンサルタントとして働くクリントン・ワッツ氏によれば、冷戦期には対抗言論を提供する米情報局のような組織があったが、今の米国政府にそれはないという。

ワッツ氏によれば、ロシアが米国・欧州で行う主要なデマ作戦の大半は、ロシア政府の出資する報道機関、たとえば放送局のRTやスプートニク・ニュースなどを発信源とし、その後ツイッター上で他の人々が増幅していく。

ワッツ氏は、米国政府としては、ネット上で何が起きているかを把握し、虚偽の記事に反駁(はんばく)する能力を構築することが急務であると指摘する。

今月可決された国防権限法案(NDAA)では、そのような任務の一部を担うべく、国務省による「グローバル・エンゲージメント・センター」の設立を求めている。だが、ロシアに比べれば洗練性に欠ける、過激派組織「イスラム国」によるデマに対抗する類似の努力も不十分なものに終わっている。

<米国の「足踏み」>

米国務省などでの勤務経験のある戦略国際問題研究所のサイバーセキュリティー専門家、ジェームズ・ルイス氏によれば、米国政府がロシア政府に追いつきたいと思うなら、影響力投射という時代遅れの考え方を超えた行動が必要だという。

「ロシアはRTテレビなどの手段を持っているが、われわれが知っているのは空母戦闘群を派遣するというやり方だけだ」とルイス氏は言う。「この状況に対処する方法を見つけるまでは、足踏みが続くだろう」

ワッツ氏は2014年以来、親ロシア的なツイッター利用者を数万アカウント分もフォローしてきたというが、最も効果的な記事の多くは、戦争その他の惨事に対する懸念をかき立て、西側諸国の腐敗した政治家、メディア、その他エリート層に対するうわさをあおるようなものだと考えている。

ワッツ氏らによれば、ロシア側の力の入れ方が現れているのが、スプートニク・ニュースだという。

ロシア公式の通信社・ラジオネットワークの後継として2年前に発足したスプートニク・ニュースは、専門家によれば、単にロシア政府の政治的主張を繰り返すだけの存在ではない。独自に外部からソーシャルメディアに強い人材を集めており、そのなかには、左派・右派問わず自国の政策に批判的な米国民も含まれている。

スプートニク・ニュースにコメントを求めたが、回答は得られなかった。

スプートニク・ニュースのなかでも最も著名な専属記者・解説者の1人であるカサンドラ・フェアバンクス氏は、情熱的な反警察抗議活動家であり、社会主義者バーニー・サンダース上院議員を支持していたが、大統領選の期間中に宗旨を替え、共和党のドナルド・トランプ候補を盛んに応援するようになった。

フェアバンクス氏はロイターの取材に応え、今や次期大統領となったドナルド・トランプ氏を支持するようスプートニク・ニュースから言われたわけではない、と話した。海外への軍事介入や国際貿易協定に反対するトランプ氏の主張に惹かれたのだという。

「彼を応援するためにベストを尽くしたが、それは私の自由意志によるものだ」とフェアバンクス氏は言う。

30代の女性であり、ツイッター上で8万人以上にフォローされているフェアバンクス氏は、スプートニクに加わる前は国際的なハッカー集団「アノニマス」に参加する活動家だった。

投票日の前日、フェアバンクス氏はユーチューブのチャンネル上で、民主党のヒラリー・クリントン候補の選対責任者ジョン・ポデスタ氏のアカウントからハッキングされたメールの発信者たちが、ピザについて会話するなかで小児性愛に関する隠語を使っていた可能性が「非常に高い」と発言した。

この主張は、クリントン氏の支持者がワシントンのピザレストランを拠点に小児性愛のサークルを開いているという風説につながった。このチャンネルは、9.11同時多発攻撃は内部関係者の犯行と主張するラジオ司会者アレックス・ジョーンズ氏が運営するもので、180万人が登録している。

2015年に短期間スプートニク・ニュースで働き、抗議デモ「ウォール街を占拠せよ」の古参活動家でもあるジョー・フィオンダ氏によれば、スプートニクの記事やソーシャルメディアへの取り組みは、全般的に、シリアなどロシアのプーチン大統領の同盟相手を称賛し、警察の不祥事など米国におけるネガティブなニュースを詳細に報じることを目的としているという。

フィオンダ氏は、スプートニクで優先されていたのはハッキングされたメールを拡散することだったと話す。彼の仕事の1つは、「ミューティナス・メディア(反抗的なメディアの意)」と称するフェイスブック上のページ(スプートニクとの関係は明示されていない)に、広まりやすいうわさのネタを流すことだったという。

ロシアに支援されたハッカーの侵入を受けた団体の1つである民主党全国委員会の元職員らは、米国政府は主要政党をテクノロジー面で守るための予算計上を検討すべきだとし、ハッキングされたメールがネット上に広がり始めたら、党職員の対応は後手後手に回ってしまうと語る。

彼らはさらに、民主党出身のオバマ大統領の政権スタッフは自党候補者を弁護していると思われないよう気を遣いすぎていたと話す。

国家情報長官室のロバート・リット法務顧問によれば、オバマ大統領は情報機関に対し、プロパガンダ作戦に関する議論も含め、ロシアによる選挙介入についての分析を提出するよう求めていたという。

リット氏は、米国政府が油断につけ込まれたと考えているかという問いに対し、次のように答えている。「私自身はこの問題にまったく関わっていない。とても重要な問題であり、情報当局が非常に注意深く関心を注いでおり、適切な時期に報告書を発表するだろう」

(翻訳:エァクレーレン)



[20日 ロイター]


120x28 Reuters.gif

Copyright (C) 2016トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

過激な言葉が政治的暴力を助長、米国民の3分の2が懸

ビジネス

ユーロ圏鉱工業生産、7月は前月比で増加に転じる

ワールド

中国、南シナ海でフィリピン船に放水砲

ビジネス

独ZEW景気期待指数、9月は予想外に上昇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中