最新記事

難民支援

ギリシャの『国境なき医師団』で聞く、「今、ここで起きていること」

2016年9月7日(水)17時05分
いとうせいこう

彼女のオフィスに貼られたギリシャの地図。全土に難民キャンプが散らばっている。

<「国境なき医師団」(MSF)の取材をはじめた いとうせいこうさんは、まずハイチを訪ね、今度はギリシャの難民キャンプで活動するMSFをおとずれた。そして、ギリシャの現状についてのブリーフィングが始まった...>

これまでの記事:「いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く

世界の難問についてブリーフィングが始まる

 俺はカタール航空ドーハ発羽田行きQR813で帰国している。

 その十時間の間、自分がほんの数日間ギリシャを取材した模様を思い出している。

 初夏のアテネ市内で俺はMSFギリシャのオフィスを訪ねており、事務局長マリエッタ・プロヴォポロウさんの部屋で彼女から直接、"今、ギリシャで何が起きているのか"のブリーフィングを受けているのだった。滞在初日のことだ。

 マリエッタさんは豊かな黒髪をかきあげながら、俺たちの目をじっと見た。そしてしゃべり続けながら立上って部屋に貼ってあるギリシャの地図のそばに行っては、自分が話しているのがどの場所のデータであるかを示した。

 ギリシャの北、マケドニアとの国境イドメニは象徴的な場所だった。なぜなら難民になってしまった人々はギリシャに流れ着くと、そのイドメニを関所のようにしてマケドニア、セルビア、クロアチアなどバルカン半島のかつての紛争地帯を通り、ドイツやオーストリア、スウェーデンなど自分たちを受け入れてくれる国へと向かうからだ。

 だがしかし、前回も書いたように「EUートルコ協定」によって、このイドメニ国境が閉鎖されてしまった。天国への門が閉まったようなものだった。難民たちには行き場がなくなった。

前回の記事:「いとうせいこう、ギリシャの「国境なき医師団」を訪ねる.1

 実は前回くわしく書かなかったことがある。「EUートルコ協定」では、一対一の枠組みが作られた。不法入国者が一人トルコへ送還されると、他の正式な手続きをした難民が一人、EUに送られる。だがしかし、ここに絶対的な不平等がある。


EUに渡れるのは、シリア難民だけなのだ。

 ここに俺たち東洋人の、遠い場所でのトラブルへの思い違いがある。それを俺自身、マリエッタさんから教わった。

 難民はアフガニスタンからも来る。
 アフリカ諸国からも来る。
 イラクからもやって来る。

 世界は紛争だらけで、経済的な難民以外に、自国が住んでいられない危険に侵食されてしまった人々がいる。

 彼らは町を、住まいを破壊され、漂流するしかなくなる。

 だが、どこに行けばいいというのか。
 
 そこにドイツなどが手を差し伸べる(俺が帰国してからすぐ、メルケル首相の支持率が急落したというニュースが日本にも流れた。受け入れた難民によるテロが原因だと解説されていたが、それもひとつの情報操作によるだろうと思う。もしドイツが難民を受け入れなければ、彼ら国を出た者たちは一体どこでどう生きればいいというのか。ドイツの寛容を一方的に非難して誰が得をするのだろう。難民をほとんど受け入れずにトランプ共和党大統領候補に誉められているような日本か? いや、俺は帰りの飛行機の中にいるのだった。帰国後のニュースはまだ知りはしない)。

 したがって難民になってしまった人々は北を目指す。にもかかわらず、そこで「EUートルコ協定」が締結されてしまう。

 一対一というあたかも非合法と合法の正当な人身交換のごとき枠組みで。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

パリのソルボンヌ大学でガザ抗議活動、警察が排除 キ

ビジネス

日銀が利上げなら「かなり深刻」な景気後退=元IMF

ビジネス

独CPI、4月は2.4%上昇に加速 コア・サービス

ワールド

米英外相、ハマスにガザ停戦案合意呼びかけ 「正しい
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中