最新記事

シリア情勢

米国とロシアはシリアのアレッポ県分割で合意か?

2016年6月5日(日)10時30分
青山弘之(東京外国語大学教授)

 確かに、シリア民主軍は数千人の戦闘員を動員して、アイン・イーサー市以南の複数の村・農場を制圧した。だが、ラッカ市は依然として遠く、同市に近いダーイシュの戦略拠点であるタブカ市や第17師団基地(タブカ軍事基地)が攻略される気配もない。

 また、有志連合の動きも鈍かった。2014年9月以降、シリア領内で空爆を続ける有志連合の空爆回数は1日3〜5回程度ときわめて限定的なもので、ダーイシュを追い詰めるにはまったくもって不十分だったが、「北ラッカ解放作戦」以降も、空爆回数に増加傾向は見られず、そこからラッカ市攻略の意図を読み取ることはできなかった。

 そればかりか、「北ラッカ解放作戦」への過大評価はダーイシュを増長させた。ダーイシュはこの作戦に反攻するかのように、アレッポ県北西部のマーリア市を包囲、同地を戦略拠点としてきた「反体制派」を窮地に陥れたのである。

マンビジュ解放作戦

 しかし、6月1日に米軍中央司令部(CENTCOM)が5月27日から6月1日までの有志連合の空爆の戦果を発表したことで、「北ラッカ解放作戦」の真意が見えてきた。

 この戦果発表で明らかになったのは、有志連合の空爆がラッカ県北部でも、アレッポ県北西部でもなく、アレッポ県東部のマンビジュ市一帯に重点的に行われていたということだった。しかも、空爆回数は1日に10回以上に及んでいた。むろん、CENTCOMの発表はいわゆる「大本営発表」であり、額面通りに受け取ることはできない。だが、こうした数値を発表するという行為は、「北ラッカ解放作戦」が陽動作戦だったことを示していた。

 CENTCOMの発表に先立って、シリア民主軍がマンビジュ市南東部のティシュリーン・ダム一帯で攻勢を再開したことは報じられていたが、6月に入ると、その戦果が徐々に明らかになっていった。

 シリア民主軍は6月1日までに、同ダム一帯の20カ村と複数の農場をダーイシュから奪取し、これを空爆で支援する有志連合もトルコ国境に位置するダーイシュの拠点であるジャラーブルス市とマンビジュ市を結ぶ兵站路への空爆を敢行、その寸断を試みたのである。

 そして、6月2日、マンビジュ市軍事評議会を名乗る武装集団が、シリア民主軍との連名で共同声明を発表し、「マンビジュ解放作戦」の開始を正式に宣言し、ここにシリア民主軍を主導するYPG、そしてそれを後援する米国の目標が明示された。

シリア軍とロシア軍の呼応

 「マンビジュ解放作戦」は、「北ラッカ解放作戦」と同様の陽動作戦、ないしは単なるプロパガンダかもしれない。しかし、特筆すべきは、この攻勢に呼応するかのように、ロシア軍とシリア軍が各地で「反体制派」への攻撃を激化させた点である。

 とりわけアレッポ県での攻撃は激しい。ロシア軍とシリア軍は6月1日、カースティールー街道一帯やアレッポ市東部への空爆を一気に激化させた。空爆は主に「反体制派」の支配地域に対して行われた、それだけでなくダーイシュが重要拠点とするバーブ市、マスカナ市にも及んだ。

 両軍はまた、イドリブ県、ヒムス県、ダマスカス郊外県グータ地方で「反体制派」に対する攻撃を強め、またハマー県東部ではイラリヤー村とラッカ市を結ぶ街道でダーイシュに対する攻勢を再開した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ドイツ首相、AI活用とデジタル化による経済競争力向

ワールド

ロシア、イランへの国連制裁再開を認めず 核開発問題

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、4万5000円回復 半導

ワールド

EU首脳、「ドローンの壁」構築支持 ロシアの領空侵
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」してしまったインコの動画にSNSは「爆笑の嵐」
  • 4
    なぜ腕には脂肪がつきやすい? 専門家が教える、引…
  • 5
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 6
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 7
    アメリカの対中大豆輸出「ゼロ」の衝撃 ──トランプ一…
  • 8
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭…
  • 9
    イスラエルのおぞましい野望「ガザ再編」は「1本の論…
  • 10
    通勤費が高すぎて...「棺桶のような場所」で寝泊まり…
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 3
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけではない...領空侵犯した意外な国とその目的は?
  • 4
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 5
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 7
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 8
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 9
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 10
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中