最新記事

南シナ海

一隻の米イージス艦の出現で進退極まった中国

米海軍の活動を黙認すればメンツを失うが、排除しようとすれば交戦を覚悟しなければならない

2015年10月29日(木)16時26分
小原凡司(東京財団研究員)

中国の対処は? 今週南シナ海で哨戒活動を実施した米海軍の駆逐艦「ラッセン」 CPO John Hageman-US Navy-REUTERS

 2015年10月27日、米海軍のイージス駆逐艦「ラッセン」が、中国が建設した人工島から12海里以内の海域を航行した。このオペレーションは、「航行の自由」作戦と名付けられ、中国の南シナ海に対する権利の主張を根本から否定するものである。また、米国との軍事衝突を避けたい中国を追いつめる、軍事衝突も辞さない米国の決意を示すものでもある。

 米海軍艦艇が進入したのは、南シナ海に存在する南沙諸島(スプラトリー諸島)のスビ礁だ。スビ礁は、かつてベトナムが実効支配していた暗礁であるが、1988年に生起した海戦の末、現在に至るまで、中国が実効支配している。

 中国は、この暗礁を埋め立て、人工島を建設したのだ。国連海洋法の規定によれば、高潮時にその一部が海面上に出ていなければ、島又は岩として認められず、領土とはならない。暗礁に領海は存在しない、ということである。

 実は、南シナ海について、中国は「領海」という言葉を使わない。中国外交部は、「南沙諸島及び付近の海域に議論の余地のない主権を有する」と言う。主権が及ぶ海域は領海であるはずなのだが、中国は「付近の海域」とあいまいにする。それは、中国が、「九段線」で囲まれる南シナ海のほとんどの海域を自分のものにしたいからなのだ。中国外交部の主張は、中国の南シナ海に対する権利の根拠が、南沙諸島(スプラトリー諸島)の領有にあることを示している。

 しかし、海上に建設した人工建造物には、領海は存在しない。この規定に基づいて、米国は、中国が埋め立てた人工島は、暗礁の上に建設された人工建造物であるから領海は存在しない、と主張するのだ。人工島から12海里以内であっても、公海であるという意味だ。 さらに、公海であるのだから、米海軍の艦艇や航空機は、自由に活動できるということでもある。

 中国が「島」だと主張する人工島から12海里以内の海域に、そこが公海であることを示すために、海軍の艦艇を送り込んだのだ。人工島が領土であれば、領海に当たる海域である。

 米国が送り込んだのは、イージス駆逐艦一隻である。米国が示したいのは、米海軍が南シナ海において自由に活動できる、ということだ。一隻でも十分に目的を達成できる。さらに、艦隊を送り込めば、米国が中国に対して攻撃の意図があるという誤ったシグナルを送る可能性もある。また、空母は艦艇としての戦闘力が高い訳ではなく、目標に近づけて使う艦ではない。わざわざ危険に晒す必要はなく、搭載している航空機の作戦半径に入りさえすれば良いのだ。

 一方で、イージス駆逐艦は、対空戦、対水上戦、対潜戦全てに高いレベルで対応できる。米国は、中国が軍事的対抗措置をとっても、単艦で対応できる艦艇を送り込んだのだ。米国は、中国が軍事的対抗措置を採ることも想定して艦艇を送ったのは、中国との軍事衝突も辞さない、という米国の決意の表れである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国最高裁、李在明氏の無罪判決破棄 大統領選出馬資

ワールド

イスラエルがシリア攻撃、少数派保護理由に 首都近郊

ワールド

学生が米テキサス大学と州知事を提訴、ガザ抗議デモ巡

ワールド

豪住宅価格、4月は過去最高 関税リスクで販売は減少
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中