最新記事

歴史問題

毛沢東は「南京大虐殺」を避けてきた

2015年10月13日(火)17時30分
遠藤 誉(東京福祉大学国際交流センター長)

歴史認識の政治利用 昨年12月13日、「南京大虐殺」の新たな「国家哀悼日」の式典に出席した習近平  Aly Song-REUTERS

 ユネスコが「南京大虐殺」資料を世界記憶遺産に登録することを決めた。中国の歴史問題への逆走が止まらない。実は建国の父、毛沢東は「南京大虐殺」を教科書で教えることも、口にすることも嫌がった。なぜか―?

なぜ毛沢東は「南京大虐殺」に触れたくなかったのか?

 毛沢東は生きている間、「南京大虐殺」に触れることを嫌がったし、教科書にも載せようとしなかった。(日本語では「南京事件」と称するが、ここではユネスコで登録されたことと、毛沢東の「南京大虐殺」に関する見方を考察するので、中国流の「南京大虐殺」という文言を用いる)

 なぜなら、「南京大虐殺」が起きた1937年12月13日前後、毛沢東ら中国共産党軍は、国民党軍も日本軍も攻撃にこられないほどの山奥に逃げていたからだ。そこは陝西省延安の山岳地帯。南京の最前線で戦っていたのは蒋介石率いる国民党軍だった。

 毛沢東らはそもそも、1937年7月7日に起きた盧溝橋事件(日中戦争が本格化した事件)の第一報を受けると「これで国民党軍の力が弱まる」と喜んだと、1938年年4月4日まで延安にいた(共産党軍の)紅第四方面軍の軍事委員会主席・張国トウ(トウ:壽の下に点4つ)が『我的回憶(我が回想)』で記録している。

 中共中央文献研究室が編纂した『毛沢東年譜』を見ても、この日付の欄には、ただひとこと「南京失陥」(南京陥落)という4文字があるだけだ。その前後は1ページを割いて1937年12月9日から12月14日まで開催していた中共中央政治局拡大会議のことが書いてあり、13日に4文字あったあと、14日からはまた雑務がたくさん書いてある。

「南京大虐殺」に関しては「ひとことも!」触れていない。

『毛沢東年譜』は毛沢東の全生涯にわたって全巻で9冊あり、各冊およそ700頁ほどなので、合計では6000頁以上にわたる膨大な資料だが、この全体を通して、「南京大虐殺」という文字は出てこない。1937年12月13日の欄に、わずか「南京失陥」という4文字があるのみである。

 翌年も、翌翌年も、そして他界するまで、ただの一度も「1937年12月13日」の出来事に触れたことはなく、この「南京陥落」という4文字さえ、その後、二度と出て来ない。

 毛沢東は完全に「南京大虐殺」を無視したのだ。

 そこに触れれば、中国共産党軍が日本軍とは、まともには戦わなかった事実がばれてしまうことを、恐れたからだろう。そして国民党軍の奮闘と犠牲が強調されるのを避けたかったからにちがいない。

中国大陸のネット空間では

 いまごろになって、中国大陸のネット空間には、「なぜ毛沢東は南京大虐殺を教えたがらなかったのだろうか?」とか「なぜ毛沢東は南京大虐殺を隠したがったのだろうか?」といった項目が数多く出てくるようになった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中