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ヨーロッパ経済

悪酔いする停滞のイギリス

2012年9月25日(火)15時19分
ピーター・ポパム

若者にも増える肝硬変

 酒の飲み過ぎで病院の救急センターに運ばれる人は後を絶たない。肝硬変といえば、昔はもっぱら50歳以上の人がかかる病気だったが、最近は若い患者も増えている。

 問題の一因は、アルコールが安く手に入り過ぎることにあるのかもしれない。アルコール研究所(ロンドン)によると、国民の可処分所得の上昇と販売価格の下落が相まって、「アルコールは88年に比べて実質的に44%安くなった」という。

 そこでイギリス政府は、アルコールの最低販売価格を定める法律を準備し始めた。スーパーマーケットなどでアルコールが極めて安価で販売されている状況を改めることにより、国民の過剰な飲酒に歯止めをかけようという思惑だ。

 しかし、法律が実施されるのはまだ先。オリンピック観戦でロンドン近くの町に足を踏み入れた観光客は、イギリスの「飲んだくれ文化」を目の当たりにしただろう。

 オリンピックの主な会場になったロンドンのイーストエンド地区は、イギリス国内で最も貧しい地区。ここの住人にとって、救いようもなく絶望的な現実を忘れるための一番手軽な手段がアルコールなのだ。

 ロンドンがオリンピックの招致活動で訴えたのは、イーストエンドの再生のきっかけにしたいという点だった。しかしこれまでのところ、オリンピック関連の建設ラッシュは期待されていたほどの雇用を生み出していない。

 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのアン・パワー教授(社会政策)の調査によると、オリンピック関連施設の多くが集中するニューアム地区では、大会準備期間を通じて世帯所得の伸び率がロンドン全体の平均を下回り、失業率の上昇率がロンドン全体の平均を上回った。

 そればかりか、ニューアムの麻薬関連の犯罪発生件数は6倍に増加。暴力的犯罪の件数こそ減少したが、最新の統計を見る限り安全な町とは言い難い。5月には、「最も重大な暴力犯罪」が28件、「人に対する暴力犯罪」全般が612件、路上強盗が136件、「反社会的行動」が1500件近く起きた。

「私の家のそばに週7日、1日24時間アルコールを販売している店がある」と、今年に入って地元紙に投稿した住民は書いている。「私たちの恥ずべき深酒文化が......大半の犯罪、さらには殺人事件の原因になっている......(酔っぱらいが)深夜にパブやクラブを渡り歩き、騒乱を引き起こしている」

 誕生日の女の子と仲間たちが泥酔していたリッチモンドは、ロンドンで有数の裕福な地区。一方、ニューアムはロンドンで最も貧しい地区。対照的な2つの町に共通するのは、イギリス全体を覆う暗い停滞感だ。

 オリンピックでうわべは飾り立てたが、いまイギリスは前進するすべを見失っている──少なくとも、明るい未来に向かっては。

[2012年8月29日号掲載]

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