最新記事

アジア

南シナ海で試される米外交の「アジア重視」

中国を軸に領海争いが緊迫するなか、対アジア戦略に力を入れるアメリカの出方は

2012年8月27日(月)16時26分
ブライアン・クライン(元米通商代表部アジア専門家)

中国を牽制? 米軍とフィリピン軍は合同軍事演習を拡充している(4月、フィリピン西部パラワン島のウルガン湾) Romeo Ranoco-Reuters

 石油や天然ガスなど豊かな資源をたたえる南シナ海で、領有権争いが緊迫化している。

 中国とフィリピンの対立は収束に向かいかけたが、続いてベトナムとの関係が悪化。中国は「臨戦態勢」の巡視船を派遣し、ベトナムの排他的経済水域内での石油共同開発を外国企業に呼び掛けるなど挑発行為を続けている。対するベトナムも、戦闘機による南沙諸島上空の巡視を継続するつもりだ。

 近隣諸国は、この問題が主要な交易路を脅かすような軍事衝突に発展しないか懸念している。とはいえ、問題解決につながる協調的な行動を彼らに期待するのは無理がありそうだ。

 7月に開催されたASEAN閣僚会議は、中国の思惑どおり強制力のある決定を下せなかった。ASEAN創設以来初めて、外相会議は共同声明の採択を断念。02年にASEANと中国が署名した「南シナ海行動宣言」も法的拘束力を持たないままだ。

 領有権争いは軍事的色合いを強めている。中国は南シナ海全域の領海権を主張し、近隣諸国の海岸線を脅かして、国際規範を無視するような行動を続けている。

ベトナムやフィリピンとの軍事関係を強化

 中国の影響力に対抗する手段として今、アメリカへの期待が高まっている。対アジア戦略に再び力を入れるアメリカは、合同演習を行うベトナムとの軍事関係を強化。フィリピンのスビック港の旧米海軍基地の再開を検討し、フィリピンのほかインドとも合同演習を拡充している。

 ただし、南シナ海問題については慎重な姿勢を崩していない。アメリカの外交戦略の中心は依然として、中国との軍事的対立ではなく、東南アジアが一体となって領土問題を平和的に解決することだ。

 6月にフィリピンは、対中国を念頭に、武力攻撃を受けた際に米軍が支援するという保証をあらためて求めた。アメリカは、他国の領土紛争でどちらかに肩入れしないという長年の原則に基づき、米比相互防衛条約の遵守を表明するにとどめた。

 ほかの東南アジア諸国は、アメリカの積極的関与をあえて否定はしない。一方ベトナムは中国との合同軍事演習も続けており、主要な貿易相手国であるアメリカとも中国ともバランスを取ろうとしている。

 中国との領土問題を抱えていないタイやシンガポール、カンボジア、インドネシア、ラオスはアメリカの関与を歓迎するが、どちらかにくみするつもりはない。当の中国はフィリピン産果物の検疫を強化するなど、いち早く貿易上の報復に出ている。

あくまでも「最後のとりで」

 歴史を振り返っても、軍事的な小競り合いは意図せぬ結果をもたらしかねない。しかも今秋に権力交代を控える中国では愛国的な傾向が高まり、妥協策は不満のタネになる。アメリカは際どい外交を迫られているのだ。

 挑発と反発の応酬が、すぐにやむ気配はない。アメリカに最も期待されるのは、存在感を示して事態が深刻化するのを牽制するとともに、中国が限定的にでも軍事行動を起こせば、何らかの結果は免れないと知らしめることだろう。

 ただし、東南アジア諸国はアメリカの関与を過大評価するべきではない。自分たちの漁船や係争中の領土をアメリカが守ってくれると期待して、準備を怠ってはならない。

 地域のすべての関係国がそれぞれ軍事力を高めながら、地域の軍事協力を強化していく必要がある。アメリカの軍事力は、あくまで最後のとりでだ。そして中国は、地域の平和を守るというアメリカの決意を過少評価するべきではない。

[2012年8月 1日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、円は日銀の見通し引き下げ受

ビジネス

アップル、1─3月業績は予想上回る iPhoneに

ビジネス

アマゾン第1四半期、クラウド事業の売上高伸びが予想

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中