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イタリア政治

ベルルスコーニ「裸の王様」の最期

セックススパーティーにかまけて政治不安も巨額の政府債務もそっちのけの無責任首相に支持者が背を向け始めた

2011年11月10日(木)15時40分
ヤーコポ・バリガッツィ(ミラノ)

我慢も限界 ベルルスコーニの腐敗ぶりに抗議する市民(ローマ、10月15日) Stefano Rellandini-Reuters

 イタリアでは時に、この国が崩壊に向かっている現実と、そうなった理由を思い知らせる事件が起きる。

 11月6日には、古代ローマの都市遺跡で世界遺産であるポンペイで「剣闘士たちの家」と呼ばれる建物が倒壊した。折からの豪雨と、劣化していたにもかかわらず補修せずに放置していたことが原因だった。悪いニュースはまだ続いた。遺跡などの管理を統括するサンドロ・ボンディ文化相が今回の「不祥事」の責任を取って辞任するかと問われ、こう答えたのだ。責任は自分にはない──。

 これぞイタリア式政治だ。この国の政治家は責任を取らず、恥を恥とも思わず、危機に瀕する国家の現状も意に介さない。

 イタリア経済は今や火山の噴火で埋もれたポンペイ並みに世界から取り残されている。過去20年間の成長率は実質ゼロ。その責めを負う者は1人もいない。

 とはいえ、政界では変化が近づいているかもしれない。汚職容疑をはじめ数々の疑惑を奇跡的に乗り切ってきたシルビオ・ベルルスコーニ首相(74)の政治手腕はここへきて突然、衰えだしたようだ。確かなのは重要な支持者を失い始めていること。最大の理由は、またも持ち上がったセックススキャンダルだ。

 報道によればベルルスコーニは2月、リビアの最高指導者ムアマル・カダフィから伝授されたという「ブンガブンガ」と呼ばれる儀式に参加した。その実態は裸の女性たちと戯れる乱交パーティー。問題はその中に、当時未成年だったモロッコ系移民のベリーダンサー、通称「男殺しのルビー」がいたことだ(年齢を偽って参加しており、ベルルスコーニと性交渉はなかったと本人は主張)。

 その後ルビーが窃盗容疑で逮捕された際、ベルルスコーニは自ら警察に釈放を働き掛けた。彼女はエジプト大統領の姪だから、との理由だったが、在イタリア・エジプト大使館は「問題の女性は大統領の姪ではない」との声明を発表した。

 淫らでばかばかしい事件ではあるものの、この数年間にわたって失望を募らせてきたベルルスコーニの支持者にとっては、離反の格好の口実になった。ベルルスコーニのかつての盟友で、下院議長を務めるジャンフランコ・フィーニは先日、政治集会で「今のままではいられない」と発言。フィーニは既に7月末、ベルルスコーニとたもとを分かち、新党を結成していた。

 フィーニはベルルスコーニ政権の基盤を揺るがす脅威になっている。イタリア国内での報道によると、フィーニの支持に回る与党「自由国民」所属の議員は47人、地方の公職者は2600人に上る。フィーニの新党が野党と連携すれば、政権崩壊へ追い込むことも可能だろう。

絶望的な水準の公的債務

 ベルルスコーニにとってさらに頭が痛いのは、カトリック教会からの批判かもしれない。長年ベルルスコーニの問題行動に目をつぶってきたように見えるカトリック教会だが、今回のスキャンダルを受け、カトリック系の日刊紙アッベニーレが「節度と品格は公職に就く者の最低限の義務」と注文を付けた。

 ビジネス界との関係も危うくなっている。政治家になる前、「メディア王」として君臨していたベルルスコーニは中小企業を支持基盤としている。だが起業家や実業家で組織される有力団体のイタリア工業連盟はベルルスコーニに背を向け始めた。

 政治の前進を妨げているのは首相のセックス問題だけではない。イタリア政府の機能不全は目に余る。前経済発展相のクラウディオ・スカイオーラが汚職スキャンダルで辞任したのは5月。だがその後任が指名されたのはその153日後だった。

 過去60年間で最悪の景気後退を脱したとはいえ、イタリア経済の回復規模はわずかだ。09年の経済成長率はマイナス5%。今年は1・2%の成長率が予測されているものの、さらなる成長はほとんど見込めない。

 ジュリオ・トレモンティ経済・財務相の持論によると、イタリア経済はドイツの景気が回復すれば改善するはずだった。しかし10年第2四半期、ドイツが前期比で2・2%のGDP(国内総生産)成長率を記録したのに対し、イタリアの成長率は0・4%にすぎなかった。

 債務も絶望的な水準に膨れ上がっている。金融大手HSBCの予測によれば、EU(欧州連合)各国が11月中に発行する国債(総額710億ユーロ)のうち、イタリアの発行額は3分の1以上を占める。ユーロ圏内3位の経済大国であるイタリアは域内最大の財政赤字国。公的債務は対GDP比で120%に上る。

 イタリアは来年、2250億ユーロを超える国債を発行する見込みだ。その額は財政破綻が懸念されるスペイン、ポルトガル、アイルランド、ギリシャの国債発行額の合計より多い。投資家からも、これら4カ国と同じくらい厳しい目を向けられている。

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