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ロシア

忘れられないプーチン資源外交の日々

原油ブームが終わって威張れる立場ではなくなったのに、外国や国際石油資本を脅迫する癖は直らない

2010年4月1日(木)14時26分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)

 原油価格がジワジワと値上がりし、資源の枯渇が叫ばれていた5年前、ロシアなどの資源国はすべての主導権を握っているかのようだった。

 当時のウラジーミル・プーチン大統領はロシアを「エネルギー超大国」と表現し、エネルギー供給をあからさまに外交ツールとして利用した。06年1月ロシアがウクライナへの天然ガス供給を一時停止するとヨーロッパはパニックに陥り、欧米企業は先を争ってロシアの採掘事業に参入し、おこぼれにあずかろうとした。

 それも昔の話だ。北極海の海中にある巨大なシュトクマン天然ガス田の開発は、コスト高のため棚上げになった。ロシア産ガスの世界的需要も激減した。

 そんな状況下でロシア政府は2月、国際石油資本メジャーのBPにシベリアのガス田開発権を国営企業に引き渡すよう圧力をかけ、投資家の信頼を損なった。エネルギーを武器に世界に君臨する夢を、ロシアが手放す時が来たようだ。

 理由の1つは、不況によってロシアの天然ガスに対するヨーロッパの需要が落ち込んだこと(09年に消費量は7%減)。アメリカもガス輸入量を減らし、オイルサンドなど別の資源を活用して自給自足へと近づいている。液化天然ガスの対米輸出を最大の事業に据えようとしていたシュトクマンにとって、これは悪夢でしかない。

ヨーロッパは供給過剰

 埋蔵量3兆7000億立方メートルのシュトクマンは、ロシアの天然ガスの未来を握る戦略上の力を失った。今の状態は、まるでソファの後ろに落ちたチョコレート。おいしいのは分かっているが、食べようにも手が届かないというわけだ。

 北極海の過酷な自然条件の中で採掘するコストは200億ドル。あまりに巨額で国営のガスプロム、提携企業のトタル(フランス)、スタトイル(ノルウェー)は着手できないままだ。

 わずか4年前にはプーチンの外交政策の要だったガスプロムにとっては困った事態だ。同社のパイプラインを引き入れようと競ったヨーロッパの国々は、今では供給過剰。さらに深刻なことに、ガスプロムの昔からの供給源(中央アジアのトルクメニスタンやカザフスタンのガス田)が、中国に直接パイプラインを建設し始めている。

 ガスプロムは今も、世界で発見された天然ガス埋蔵量のうち17%の採掘権を握るが、それらの多くが枯渇しつつある。ロシア最大量の天然ガスが埋蔵されているシベリアのヤマル半島のガス田も、開発のめどは立たない。

 ロシア政府がBPに圧力をかけたことが愚かしく思えるのはそのためだ。需要が減り、エネルギー価格が安定せず、投資家が新興市場に神経をとがらせている現在、ロシアに残る数少ない有力な外国投資家を締め付けるのは得策ではないだろう。

 しかしロシアの連邦自然利用監督局はBPに、東シベリアのコビクタ田の経営権を放棄するよう迫っている。公式な理由は環境対策の不備だ。これは06年にロイヤル・ダッチ・シェルが、サハリン沖の石油・ガス開発事業の保有株式を市場価格以下でガスプロムに譲渡するよう追い込まれたときと同じ手法。とはいえ今回の圧力の本当の理由は、国営企業ロスネフチがBPの油田に目を付けたことらしい。

 ロシア政府がBPを脅すのはこれが初めてではない。07年にもロシア連邦天然資源・環境省が開発スケジュールの遅れを理由にコビクタの契約破棄を迫った。

 当時「略奪」を狙っていたのはガスプロム。コビクタを不当に安い価格で手に入れようとしたが問題は法廷に持ち込まれたが、08年の金融危機で中断。ガスプロムの世界制覇の野望に冷水を浴びせた。

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