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天才ゲーツの米軍改造大作戦

軍事 不要な大型計画を続々見直しへ

2009年5月15日(金)16時06分
ファリード・ザカリア(国際版編集長)

改革者 ゲーツ米国防長官の思い切った予算編成に保守派は猛反発 Jason Reed-Reuters

真の天才が出現したときには、1つの兆候が表れる。愚かな連中が徒党を組んで対抗するのだ──イギリスの風刺作家ジョナサン・スウィフトはそう言った。

 ロバート・ゲーツ米国防長官が天才なのかはまだ分からない。だが4月6日にゲーツが明らかにした国防予算の見直し計画は、あらゆる反対派を団結させている。

 不正会計に慣れ切った軍需企業、対テロ戦争で大儲けしたワシントンのコンサルタント、望めば何でも予算が付くと思い込んでいる軍、そして選出された州の軍関係の雇用を守ることで自らの議席を維持してきた議員が、こぞってゲーツの見直しに反対している。

 ここ数十年、アメリカの国防予算は空想の世界で編成されてきた。敵の性格や費用対効果、国防以外の分野の予算は一切無視され、最新の兵器が次々と発注された。

 米政府監査院(GAO)によれば、08年の国防総省の大型兵器発注計画の上位95件が予算を超過しており、その超過分だけで計3000億謖に上るという。

アメリカにF35は必要か

 湯水のように税金を使えることは、戦略的な予算編成を行うための思考を妨げてきた。国防予算の大部分は軍の「欲しいものリスト」に基づいて編成されるが、問題はそのリストの大部分が冷戦時代に作られたことだ。

 米空軍はステルス戦闘機F22ラプターへの思い入れが強過ぎるせいか、ソ連が崩壊した今、もはやアメリカと互角の軍事力を持つ国は存在しないことに気付いていないようだ。実際、アメリカが現在戦っているイラクとアフガニスタンでは、米空軍が保有する約135機のF22は1機も使用されていない。

 今もF22が製造され続けている訳は、その工場が44州に散らばっているせいだ。ゲーツは今回の予算見直しで、F22の追加発注を停止する方針を明らかにした。

 ゲーツは米海軍の「欲しいものリスト」にも切り込み、駆逐艦の発注計画を縮小するとしている。だがF22ほどの思い切りは見られない。現在11ある空母打撃群(空母1隻を中心とした戦闘艦のグループ)を今後31年間で10に減らすという程度だ。

 それでも保守派は反対している。ウォールストリート・ジャーナル紙は、戦闘艦が300隻しかない海軍は「あまりに小規模で危険だ」と懸念を示した。最近ソマリア沖で米船籍の貨物船が海賊に襲撃された事件でも、米軍の艦艇は到着まで「何時間もかかる」海域にいたと指摘する。

 しかし船に飛行機のようなスピードが出ないのは当然だ。現場がどちらかといえば非戦略的な海域であること、それに海の広さを考えれば、米軍の艦艇が数時間で到着できたのは、むしろ米海軍の守備範囲の広さを示している。

 ゲーツは冷戦後のアメリカの軍事戦略を現在の戦争を基準に見直すという、必要不可欠なプロセスに着手したにすぎない。だがF22は不要と判断されたにもかかわらず、米空軍はまだ1兆謖を費やして次世代型戦闘機F35ライトニングⅡを2443機も調達するという。本当にそんな戦闘機が必要なのか。

 アメリカの軍事予算は2つの要請に基づいて編成されるべきだ。1つは、厳しい自然条件の戦場(つまりイラクやアフガニスタン)で、はるかに軍事力で劣る敵と小規模で複雑な戦闘を展開する可能性が高いこと。ゲーツの見直し計画は、この種の戦争で重要な役割を果たす兵力と情報収集に重点を置いている。

中国に対する抑止力も

 もう1つの要請は抑止力だ。米軍は世界の海上交通路を守っており、もっと一般的に言えば世界の平和を守っている。ソマリア沖の海賊があまり大きな問題を起こすようなら、最終的に彼らを取り締まるのは米海軍の役割。中国がアジアで軍事行動を検討しているとしたら、それを抑止するのもアメリカの仕事だ。

 こうした要請には、もっとスリムで費用効率の良い軍事力で対応できる。潜在的な敵の軍事力を考えればいい。米海軍は11の空母打撃群を有するが中国はゼロだ。

 またアメリカの09年度の軍事予算は6550億謖だが、中国は700億謖、ロシアは500億謖にすぎない。アメリカの国防予算の超過額だけでも、中国とロシア、イギリス、フランスの年間軍事予算を足したよりも多い。これでは抑止力の確保というよりも、壮大な無駄遣いだ。

 ゲーツは次に4年に1度の国防計画見直しを発表する。その中で彼は、アメリカの軍事戦略を現在の世界に見合った形に修正するだろう。そうなればゲーツは本物の天才だ。それは彼に抵抗する愚か者が大勢出てくることで証明されるだろう。

[2009年4月22日号掲載]

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