最新記事

インタビュー

「毎日が正しさとの戦い」未来食堂の『ただめし』制度と店主の葛藤

2020年2月28日(金)17時40分
Torus(トーラス)by ABEJA

Torus 写真:西田香織

「これ、干しキノコの炊き込みご飯のおにぎりです。1つ50円。適当に食べながらどうぞ」

そう言いながら、取材に応じてくれたのは「未来食堂」店主の小林せかいさん。

東京・神保町のビル地下にある12席の定食屋は、その独自のシステムで注目されている。店を手伝うと1食タダになる「まかない」、誰かが譲ってくれた「まかない」の権利で食事ができる「ただめし」。

「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所を作る」という店のミッションが込められたシステムだが、回していくうちにある葛藤が生まれてくるようになったという。

小林さんはこれを「"正しさ"との戦い」とたとえる。

どういうことなのか、話を聞いた。

◇ ◇ ◇


Torus_Kobayashi2.jpg


未来食堂には、"まかない"と"ただめし"という仕組みがある。"まかない"は、50分間店の手伝いをすると1食分の食券がもらえる。ただめしは"まかない"をした誰かが、自分が食べる代わりに食堂入口に残していった食券を使えば、誰でも1食無料になる仕組み。店の入り口の壁に"ただめし券"が貼ってあり、剥がして会計時に渡すとただになる。

小林:"ただめし"を始めたのは、開店から3カ月後でした。開店してまもなく知られるようになってましたが、 "ただめし"を始めたら、さらに有名になりました。

でもそのうち想定外なことが起きて、自分の嫌な面が見えてきたんです。


ある時期ただめし券を毎日使う人が現れたことがありました。「どんな人でも使ってほしい」という思いとは裏腹に、懐の小さな自分はヤキモキしてしまい、そんな自分を自覚するたびに「本当に自分はどうしようもない小さい人間だな」と自己嫌悪したこともありました。(『ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由』より引用)

Torus_Kobayashi3.jpg

仕組みで考えると、誰が"ただめし"をしても、お店が損することはありません。でも、単純に受け流せない自分が現れるようになった。

私は本当に俗な人間です。「お前が使う券じゃない」と、腹黒い思いが頭をもたげることがある。

以来、毎日が「"正しさ"との戦い」になりました。

人を助けるというのは、難しいことです。 良し悪しの物差しで測ろうとする自分が出てくるから。

そういった葛藤を繰り返し、券を貼る人、使う人から、自分の気持ちをあえて離すようになりました。あえていえば「サイコパス化」するというか、心のガードを特殊化させるというか。

ステレオタイプが「困っている人」を見えなくさせる

Torus_Kobayashi4.jpg

小林:以前テレビの取材で「ただめし券を使うお客さんが偶然いれば、話を聞きたい」というディレクターがいたんです。

実際、カメラを回している間に券を使う男性が来て「どうして券を使うんですか?」とディレクターが取材したんですね。すると男性は「こういう仕組みを自分も作ろうと思って、試しにやってみた」と言ったんです。

そのときの受け答えの感じが、私の目から見てもあまりよくなかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インド貿易赤字、5月は縮小 輸入が減少

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ

ワールド

米上院議員が戦争権限決議案、トランプ氏のイラン軍事

ビジネス

NTTドコモ、 CARTAHDにTOB 親会社の電
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中