最新記事

海外ノンフィクションの世界

オークションで「至宝」を見抜き、競り勝つために必要なもの

2021年9月7日(火)16時25分
冬木恵子 ※編集・企画:トランネット

本書に登場する「売り手」たちの中には、親から貴重な文書を受け継いだはいいが、我が子は全く興味を示さない、あとを託せる子孫がいない、ならばいっそ興味を持ってくれる人に譲るか、あるべき場所に保管してもらうかできればと考えて、著者の元を訪れる人も多い。

そう、文書の売買は、必ずしも換金や利益が目的で行われてはいないのだ。売買によってその文書が永く守られていく場合もある。そんなことも、本書は教えてくれる。

印象的なセンテンスを対訳で読む

以下は『歴史の鑑定人』の原書と邦訳からそれぞれ抜粋した。

●The hardest part of my apprenticeship wasn't learning how to authenticate documents and artifacts. That can be done in a few years. It was learning how to assess value, learning to spot the gems in a sea of mediocrity, taking that "blink" moment and translating it into action, and putting money on the line as a result. That takes a long time, a decade or so.
(見習い時代に一番難しかったのは、文書や物品の鑑定の仕方の習得ではない。それは2、3年もすればできるようになる。価値を査定し、月並みなものの山から逸品を探し出し、それに「ひらめく」瞬間をとらえて実行に移し、最終的にお金を投入する、というプロセスが難物だった。習得するにはかなりの期間、10年ほどかかる。)

――歴史的至宝が目の前にあっても、それと気づかなければ、ただの紙切れとして処分してしまうことにもなりかねない。文書の運命は、鑑定士の一瞬のひらめきにかかっている。そして、そのひらめきを得るには、とにかく知識と経験を積み上げるしかない。

●No-he took the time to actually read the piece. He took nothing for granted. He didn't assume that because the auction company hadn't given it any attention, it wasn't important.
We search the world for these artifacts, these documents, but if we can't recognize them when we see them, what good is the hunt?
(父はその文章を読むのに時間を費やした。何ひとつ、当たり前とは思わなかった。オークション会社が注目していないからそれは重要ではない、などとも考えなかった。
 わたしたちは世界中で物品を、こういった文書を探すが、実物を目にしてもそれと気づかなければ、宝探しなど意味がない。)

――著者が父親から教わったなによりも大切なことは、周りに惑わされずまっさらな目で文書を見て、知識と経験をもとにその重要性を判断するという手法だった。父親がロゼッタストーン関連の重要史料に気づいたのは、その手法の好例だ。

●The scientific papers occupied three-quarters of the basement room, but in the corner was a whole group that we came to at the very end. Barely had we absorbed the enormity of the scientific archive when Bredig turned to us and said, understated as always, "I have some immigration-related papers too."
(地下室の4分の3は科学系の書類で埋まっていたが、部屋の片隅に、最後に1つ、別のかたまりがあった。科学系アーカイブの膨大さをまだ受け止めきれていないわたしたちに、ブレーディヒ氏が例によって自慢する風もなくこう言った。「移民関係の書類もいくらかあるんです」)

――著名な科学者の書簡が2、3通でも手に入ればと思ってゲオルク・ブレーディヒの子孫宅を訪れた著者と父親は、地下室に展開していた科学系書類の大量のアーカイブにただただ驚いていたが、ほんとうに驚くのはここからだった。そして、命懸けで守り抜かれた貴重な史料を後世に残すべく、著者は全力を傾けていく。

◇ ◇ ◇

あなたの家にも、もしかしたら先祖が遺した貴重な文書が眠っているかもしれない。それらがただの紙くずになってしまうか、史料文書として光を当てられ(実際に長く日光に当ててはいけない)、価値に見合った保管方法がとられるかは、あなたの直感、「ひらめき」にかかっている。

歴史の鑑定人――
 ナポレオンの死亡報告書からエディソンの試作品まで』
 ネイサン・ラーブ、ルーク・バール 著
 冬木恵子 翻訳
 草思社

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

トランネット
出版翻訳専門の翻訳会社。2000年設立。年間150~200タイトルの書籍を翻訳する。多くの国内出版社の協力のもと、翻訳者に広く出版翻訳のチャンスを提供するための出版翻訳オーディションを開催。出版社・編集者には、海外出版社・エージェントとのネットワークを活かした翻訳出版企画、および実力ある翻訳者を紹介する。近年は日本の書籍を海外で出版するためのサポートサービスにも力を入れている。
https://www.trannet.co.jp/

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米、アルゼンチン産牛肉の輸入枠を4倍に拡大へ 畜産

ビジネス

米関税、英成長を圧迫 インフレも下押し=英中銀ディ

ビジネス

米9月中古住宅販売、1.5%増の406万戸 7カ月

ビジネス

ユーロ圏消費者信頼感指数、10月はマイナス14.2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 2
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシアに続くのは意外な「あの国」!?
  • 3
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 4
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 5
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 6
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 7
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 8
    「石炭の時代は終わった」南アジア4カ国で進む、知ら…
  • 9
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 10
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 10
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中