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歴史の中の多様な「性」(2)

硬派=男色好み 明治期の日本には、年長の少年が年少の少年を口説いたり犯したりする男色文化があった(写真は本文と関係ありません) tunart-iStcokphoto.com


論壇誌「アステイオン」(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス)83号は、「マルティプル・ジャパン――多様化する『日本』」特集。同特集から、自身トランスジェンダーであり、性社会・文化史研究者である三橋順子氏による論文「歴史の中の多様な『性』」を5回に分けて転載する。

※第1回:歴史の中の多様な「性」(1) はこちら

「男色大国」としての日本

 皆さんは「白袴隊(びやつこたい)」をご存じだろうか? 戊辰の年(一八六八年)の会津戦争で華と散った会津藩の少年部隊「白虎隊」ではなく、明治三〇年前後の東京で美少年とその親たちを震撼させた不良男色学生集団だ。正岡子規の句に「遣羽根(おいばねや) 邪魔して通る 白袴隊」(一八九九年)とあるように、正月の晴れ着姿で羽根つきをする少女たちに目もくれず美少年を追い掛け回す連中で、仲間の目印として白い袴をはいたことから、その名がある(古川誠「白袴隊」『性的なことば』講談社現代新書、二〇一〇年)。

 子規の句が詠まれた一八九九年(明治三二)三月、海軍予備学校の生徒で白袴隊員である二人の青年が、学校から帰宅途中の少年三人に声をかけ、その内の一人を口説いたが断られた。すると、青年たちは少年を力ずくで路地に連れ込み強姦しようとしたが、残り二人の少年が騒いだので未遂に終わるという事件が起こった。現場は東京の麹町区山元町(現・千代田区麹町)で、発生時刻は午後二時ごろ。白昼、皇居の半蔵門に程近い住宅地で強鶏姦(強制的な肛門性交)を企てるとは、なんとも大胆、傍若無人な行動である。

 当時の新聞には、こうした事件がしばしば掲載されている。発生場所は学校が数多く立地していた麹町区(現・千代田区の大部分)や牛込区(現・新宿区東部)の神楽坂周辺が多く、まさに美少年にとっての危険地帯だった。当時の地名で麹町区永楽町、現在では丸の内のオフィス街や東京駅になっているあたりの原っぱも、男色学生にとっては格好の「狩場」だった(古川誠「原と坂─明治の東京、美少年のための安全地図─ 」『性欲の研究 東京のエロ地理編』平凡社、二〇一五年)。

 少女をもつ親が外出した娘の帰りを心配することは昔も今も変わりがないが、当時は少年をもつ親も息子が襲われて犯されないか心配しなければならなかった。それだけ、明治の日本は、とくに学生の間で男色が大流行していたのだ。

 こうした学生の男色文化は、一四歳から二〇歳までの少年・青年で組織される「兵児二才(へこにせ)」制と呼ばれる薩摩藩特有の教育訓練システムに顕著な年長の少年が年少の少年を犯す男色文化が、旧薩摩藩出身の学生によって東京に持ち込まれたとする説が当時から根強い。好ましい年下の少年を「ニセさん」とか「ヨカチゴ」と薩摩言葉で呼ぶのがその証拠だとされた(谷崎潤一郎「幼少時代」一九五七年)。こうした習俗は、学校教育の普及とともに、軍人の養成学校や全国の(旧制)中学・高校に広がっていった。

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