最新記事

BOOKS

イスラム過激派に誘拐された女性ジャーナリストの壮絶な話

2015年11月17日(火)16時05分
印南敦史(書評家、ライター)

 ところがほどなく、「二十四時間以内に殺されるとわかったら、おまえたちの国の政府がどうにかして払ってくれるだろう」という犯人グループの判断は見当違いだったことがわかる。政府は身代金を肩代わりしてくれず、貧しい著者の家にも、要求額に応じられる経済力はなかったからだ。結果、犯人グループと著者の母親との間での交渉が難航するなか、460日もの歳月がかかってしまったというわけだ。

 その間に著者が経験してきたことは、あまりにも生々しい。訳者の解説によれば、回想録執筆のオファーが複数の出版社からあったものの、著者は監禁中の虐待行為に焦点を当てるような企画には興味を示さなかったのだという。つまりここでは、そうした記述は抑えられているということになる。が、それでも描写は壮絶で、読者に絶望感を共有させることになる。

 同じ価値観を共有しようとイスラム教に入信するも想いは叶わず、あげくにレイプされ、成功するかに見えた脱走も失敗し......と、そのプロセスに救いはない。特に強烈なのは、虐待され続けた結果、「死んだほうが幸せだ」という思いにかられて自殺を意識するくだり。最終的には、人質救出を請け負う民間組織によって助けられるのだが、帰国後は強いPTSDに悩まされたという事実にも納得できる。

 総じて、生への強い執着を実感させてくれる作品である。だから、その強い精神力については認めざるを得ないし、「果たして自分が同じ状況に置かれたとしたら......」と考えると、とてもじゃないけど無理だろうなとも感じる。映画化の話があるというが、それもよくわかる。ある意味で、これほど映画に向いた題材もないだろう。

 ただし読了したあと、「結局、テーマはなんなのだろう?」という思いが残ったのも事実だ。ひどい目にあったことだろうか? それに耐えたことだろうか? それとも、宗教を媒介した誤解、欲望、嫉み、諍いだろうか?

 おそらく、そのすべてなのだろう。が、先に触れたとおり、私は彼女の"動機"に共感できないのだ。これらの結果は無計画な行動が"たまたま"生み出したものであり、少なくとも賞賛すべきものではない気がしてならない。

 2004年に、「自分探し」のためイラクに入った日本人の若者が拘束されるという事件があった。あのときは無軌道な行動に非難が集中し、「自己責任」という言葉は流行語にもなった。読み終えたとき、思い出してしまったのはそのことだ。

 奇しくもこの原稿を書いているのは、パリでISによる大規模テロが発生した数日後である。もちろん、あのテロと本書に描かれているイスラム武装グループに関連性はない。しかし、時期が時期だけになおさら、いろいろなことを考えてしまったのだ。さて、みなさんはどう感じるだろう?

<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『人質460日
 ――なぜ生きることを諦めなかったのか』
 アマンダ・リンドハウト、サラ・コーベット 著
 鈴木彩織 訳
 亜紀書房

<この執筆者の過去の人気記事>
SEALDs時代に「情けない思いでいっぱい」と語る全共闘元代表
無宗教のアメリカ人記者がイスラム教に心の平穏を見出すまで
ゲイバーは「いかがわしい、性的な空間」ではない

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、円は日銀の見通し引き下げ受

ビジネス

アップル、1─3月業績は予想上回る iPhoneに

ビジネス

アマゾン第1四半期、クラウド事業の売上高伸びが予想

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中