最新記事
SDGs

ミツバチを感染症から守れ!新型ワクチン開発、米バイオ企業の挑戦

VACCINATING HONEYBEES

2023年3月22日(水)10時50分
ジェニー・デュラント(カリフォルニア大学デービス校客員研究員)
ミツバチ

ワクチン入りのクイーン・キャンディーを食べる働き蜂 COURTESY DALAN ANIMAL HEALTH

<作物の受粉に欠かせない重要な花粉媒介者を救う切り札に?>

ミツバチはアメリカ人が消費する農作物の3分の1を受粉させる重要な花粉媒介者。そのミツバチが直面している脅威の1つが、感染症だ。

ジョージア州のバイオテクノロジー企業ダラン・アニマル・ヘルスは今年1月、最も危険な感染症の1つであるアメリカ腐蛆(ふそ)病(AFB)のワクチンについて、米農務省から条件付き承認を受けたと発表した。このワクチンがミツバチ保護の取り組みの重要な一歩になる理由を説明しよう。

新しいミツバチ用ワクチン「パニバシラス・ラーバエ・バクテリン」の目的は、極めて危険な細菌感染症であるAFBからミツバチを守ることにある。AFBの発生は、ミツバチのコロニー(蜂群)にとって事実上の死刑宣告であり、養蜂経営に壊滅的な打撃を与える恐れがある。

AFB菌(Paenibacillus Larvae)の芽胞は感染性が極めて高く、感染後数十年も病原性を維持する場合がある。通常、感染したコロニーは全て廃棄し、感染拡大を防ぐ必要がある。コロニーを飼育していた巣箱や、コロニーに接触した可能性がある器具も処分しなくてはならない。

養蜂家は数十年間、AFBの予防手段として抗生剤を使ってきた。だが、抗生剤の過剰使用がしばしば起こることから、抗生剤に耐性を持つ菌の出現が報告されている。

米食品医薬品局(FDA)は2017年、AFB対策の抗生剤使用に獣医師の処方箋か飼料指示書を義務付けるようになり、養蜂家は予防措置としての抗生剤の利用を制限された。今回のワクチンは、より持続可能性の高いAFB対策として期待されている。

ワクチンの有効性については、現在も分析が続いている。ある研究では、ワクチンを投与した女王蜂の子孫はAFBへの抵抗力が30~50%高まるという結果が示された。

ローヤルゼリーに混入

ワクチンはミツバチ用の小さな注射器で接種するのではなく、ワクチンを蜂の餌に混ぜて投与する。この方法は女王蜂に不活性化されたAFB菌を投与することで、蜂の巣で孵化した幼虫の感染への耐性を高める効果がある。

女王蜂は通常、50~200匹の働き蜂と一緒に小さなケージに入れられて養蜂家に出荷される。働き蜂は「クイーン・キャンディー」と呼ばれる餌を与えられる。多くの場合、この餌は粉砂糖とコーンシロップで作られ、クッキーの生地や粘土並みの硬さを持つ。これを食べた若い働き蜂はタンパク質豊富な「ローヤルゼリー」を分泌し、それを女王蜂が食べる。

ワクチンの運搬方法は、このユニークな仕組みを利用したものだ。養蜂家はクイーン・キャンディーにワクチンを混ぜ、働き蜂がそれを食べて消化する。働き蜂はローヤルゼリーを分泌し、女王蜂に食べさせる。女王蜂がローヤルゼリーを消化すると、ワクチンが卵巣に移動する。女王蜂は巣箱に移されて産卵を始め、その卵から孵化した幼虫はAFBに対する免疫力が高まるというわけだ。

このワクチンはアメリカで初めての昆虫向けワクチンであり、養蜂業界を何十年も悩ませてきた他の病気に有効な新ワクチンの開発にもつながる可能性がある。寄生虫のミツバチヘギイタダニ、気候変動、栄養不足など、現在ミツバチが直面している緊急性の高い脅威は数多く存在する。

開発元のダラン社はヨーロッパ腐蛆病(EFB)のワクチン開発にも取り組んでいる。AFBより致死率は低いが、EFBも感染力は極めて強い。これまで養蜂家は抗生剤で対応してきたが、最近はAFBと同様、抗生剤に耐性を持つ菌の存在が報告されている。

The Conversation

Jennie L. Durant, Research Affiliate in Human Ecology, University of California, Davis

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ニューズウィーク日本版 トランプvsイラン
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月8日号(7月1日発売)は「トランプvsイラン」特集。「平和主義者」の大統領がなぜ? イラン核施設への攻撃で中東と世界はこう変わる

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

インドネシア輸出、5月は関税期限控え急増 インフレ

ワールド

インド政府、3500万人雇用創出へ 120億ドルの

ワールド

トランプ氏の対日関税引き上げ発言、「コメント控える

ワールド

米上院通過の税制・歳出法案、戦略石油備蓄の補充予算
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中