最新記事

消費税

欧州の失敗に目をつぶる「軽減税率」論のうさんくささ

2015年4月9日(木)13時09分
岩本沙弓(経済評論家)

 それに対して、企業が販売する製品に5%の軽減税率が適用された場合にはどうなるか。(100×5%)―(80×10%)=-3となります。マイナスとなった場合には企業は消費税を払わないどころか、仕入れ時に払い過ぎた分とみなされ、その分は国から還付金として戻ってくることになります。還付金の原資は税金ですので、消費者は軽減税率分の値下げの保障がないどころか、国民の税金がいわば「補助金」のようにして企業に支払われるという本末転倒の結果にもなりかねません。ペッフェコーフェン氏は「付加価値税は年月を経て、特殊利益の取り扱いの関門になってしまった」と、欧州の実態を記しています。

 アメリカも米財務省の公文書によれば69年の段階で、付加価税を導入すれば「行政を混乱させる過度な免税措置の要求が予想されるため、軽率な判断は諸刃の剣となる」と分析。現在も連邦政府としては不公平税制であるとして付加価値税を採用していません。軽減税率導入=免税措置を求める業界のほか、政界、財界、官僚を巻き込んで賛否両論の乱立する現状の日本を予見しているかのようです。

 数十年にわたる社会実験の結果、軽減税率の見直しが始まった欧州。それを今になって日本が導入するのであれば、完全に周回遅れ。むしろ他山の石として欧州の事例を日本の税制に利用することこそが得策のはずです。

 軽減税率のような対症療法でその場しのぎを画策する前に、そもそも中立・公平に欠け決して制度として簡素とは言えない消費税を採用することが必要なのかどうか――そうした検証をあらためてすべきだったときに肝心のニュースは降板騒動一色となりました。騒動自体が消費税増税から国民の目をそらすための「圧力」? というのは冗談にしても、結果として国民の意識が削がれ、議論の機会が奪われてしまったのはいかにも残念でなりません。

*参考文献 関野満夫「現代ドイツの売上税(付加価値税)の改革をめぐって―軽減税率の機能と廃止案の検討を中心に―』(2013年)

<岩本沙弓さんの連載コラム『現場主義の経済学』はこちら>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、停戦違反を非難 イラン以上にイスラエル

ワールド

ガザの食料「兵器化」、戦争犯罪に該当 国連が主張

ワールド

ドイツ、25年度予算案を閣議了承 投資と利払い急増

ビジネス

独IFO業況指数、6月は予想以上に上昇 景気底入れ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 8
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 9
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 10
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中