最新記事

経済学

給料と労働意欲のひねくれた関係

給料の増額による「やる気アップ効果」は限定的。不景気では減給と一部社員の解雇のどちらが正解なのか

2011年4月27日(水)19時24分
レイ・フィスマン(コロンビア大学経営大学院教授)

解雇は最悪 減給しても著しくやる気が落ちないような方法なら、長期的には会社にも従業員自身にもいい

 景気が悪化して需要が落ち込んだとき、企業はどうするか。アメリカ企業が取る対策は、主として一部の社員のレイオフ(解雇)だ。給料の引き下げはほとんど行われない。08年の金融危機後も例外でない。

 しかしこの行動パターンは、古典的な経済学の理論からすると、やや理屈に合わない。

 まず企業にしてみれば、社員を解雇すると、景気が回復したとき社員を新規に採用して再びゼロから教育し直さなくてはならない。社員と家族にとっても、失業の痛手はあまりに大きい。ほとんどの社員は、10%の確率で解雇される状況に置かれるよりも、給料が10%下がるほうを選ぶだろう。

 つまり、企業と社員が合理的に判断して行動すれば、景気の悪いときは、解雇をなるべく避けるために給料を引き下げることで双方が合意するはず、ということになる。

 なぜ、実際にはそうならないのか。行動経済学という経済学の新しい分野が、謎を解き明かす手掛かりを与えてくれる。

 不景気の際の給料引き下げが賢明か否かを考える上では、そもそも(昇給にせよ減給にせよ)給料の金額が変更されたときに、勤労者がどう反応するのかを知っておくべきだろう。

 この議論は少なくとも、フォード自動車創業者のヘンリー・フォードが1914年に組立工場の作業員に1日5ドルを支払ったときまでさかのぼる。1日5ドルといえばライバル社の2倍以上の金額だったが、フォードは慈善のために高い給料を払ったわけではなかった。

 有能なスタッフを採用し、高い給料を支払えば、8時間の勤務時間中、まじめに働かせることができる。サボれば職を失うと、工場の作業員たちは分かっているからだ。フォードが高い給料を支払ったのは、生産性を高めることが目的だった。いわゆる「効率賃金」と呼ばれる考え方だ。

 給料と仕事ぶりの関連についてもっと精緻に分析したのが、01年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者のジョージ・アカロフだ。給料を増やすと、勤労者は「お返し」に一生懸命働くと、アカロフは82年の論文で指摘した。会社と社員がお返しをし合う「贈り物交換」の関係が成り立つというのだ。

昇給効果は3時間で消滅

 逆に、給料を減らすと勤労者は「仕返し」のために仕事の手を抜く。その弊害が相当に大きいと見なされれば、大勢の社員のやる気を萎えさせるよりは一部の社員に解雇を言い渡すほうが得策だと、企業が考えるのも納得がいく。

 それでも、会社と社員の関係で「贈り物交換」の要素がどの程度の役割を果たしているかは、推測の域を出なかった。しかし近年、現実の仕事の現場でこの理論を検証した研究結果がいくつも登場している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国土安保長官、移民摘発で射殺された市民「テロ関与

ワールド

アングル:ドバイの「安全神話」揺らぐ、イラン報復攻

ビジネス

オープンAI、マイクロソフトのギットハブ競合製品を

ワールド

トルコ外相、イラン紛争終結へ全勢力と協議 オマーン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び率を記録した「勝因」と「今後の課題」
  • 4
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 5
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 6
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 7
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 8
    人気の女性インフルエンサー、「直視できない」すご…
  • 9
    イランへの直接攻撃は世界を変えた...秩序が崩壊する…
  • 10
    「日本食ブーム」は止まらない...抹茶、日本酒に「あ…
  • 1
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 2
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの謎判定に「怒りの鉄拳」、木俣椋真の1980には「ぼやき」も
  • 3
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 4
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 5
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 6
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 7
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 8
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 9
    中国で今まで発見されたことがないような恐竜の化石…
  • 10
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中