最新記事

経済学

給料と労働意欲のひねくれた関係

2011年4月27日(水)19時24分
レイ・フィスマン(コロンビア大学経営大学院教授)

 ある実験では、大学生に図書館のデータ入力のアルバイトをさせた。新着書籍の題名や著者名をデータベースに登録する仕事だ。アルバイト料は1時間12ドルで、勤務時間は6時間という条件で募集した。

 学生の半数には、この条件どおりにお金を支払った。残りの半数には、12ドルではなく20ドルを支払うと作業開始の前に告げた。アルバイトは1回だけだと全員に説明してあるので、次も高いアルバイト料が欲しいという思惑で時給20ドルの学生が真剣に働くことはない。

 この実験で、研究者たちは1時間半ごとに、学生たちがそれぞれ何冊のデータ入力を済ませたかチェックした。最初の1時間半は時給20ドルの学生が平均50冊以上、時給12ドルの学生が平均40冊だった。

 1時間半後、時給12ドルの学生は平均40冊のペースを維持したが、時給20ドルの学生のペースは平均45冊に下がった。3時間を超えると、両者の作業ペースはどちらも平均40冊で差がなくなってしまった。

 昇給の効果は、3時間もしないうちに完全に消滅してしまったのだ。長い目で見て生産性を高めるための策としては、有効とは言い難い。

 では、給料引き下げが仕事ぶりに及ぼす影響はどうか。最近発表されたある研究では、ドイツの2つの都市で短期アルバイトを雇い、ナイトクラブの入場券を路上で販売させた。仕事は2回。募集時の約束では、時給12ユーロ支払うものとした。

不況時の本当に賢い選択

 1回目の仕事が終わった後、一部のスタッフに、理由の説明もなく時給を3ユーロ引き下げると通告した。1週間後の2回目の仕事の際、減給された人たちが売り上げた入場券の数は、時給据え置きの人たちに比べて15%少なかった。

 この点を考えると、給料を据え置いたまま一部の社員を解雇するという一般的なやり方は企業にとって理にかなった判断だと思えるかもしれない。何しろ給料を下げれば、社員のやる気が損なわれて生産性が落ちる。

 それに、一部の社員を解雇することには思わぬ効果もある。同僚が解雇されれば残留する社員の気持ちが沈み、生産性に悪影響が及ぶと思われるかもしれないが、解雇を免れた社員が自分の価値をアピールしようとして一生懸命働くようになり、生産性が高まる面もある。

 しかも、減給を打ち出せば、社員の不信を買うことは避け難い。金融危機の後、景気の回復とともに企業収益は持ち直しているのに、給料の水準は上昇していない。フェアでないと、社員が感じても不思議ではない。

 しかし、もっと視野を広げて考えると、「減給より解雇」が正解とは言えない。給料の引き下げをひたすら避けようとする姿勢は、勤労者にとって、そして経済全体にとっても好ましい結果をもたらさない。

 減給を避ければ、引き換えに職を失う人が増加するのは避けられない。そして失業は、本人や家族に先々まで深刻な打撃を残す。数十年後の本人の健康や子供の教育、子供の所得水準に悪影響が及ぶ恐れもある。

 減給を暫定的な措置と位置付け、減給期間中の仕事の負担が減るという印象を与えるような斬新な方策が必要なのだろう。給料の引き下げに対する勤労者の反発を和らげる方法を見いだせれば、勤労者自身にとっても長期的にはプラスになる。

[2011年4月 6日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:百貨店が「体験型ショッピング」に活路、客

ビジネス

アングル:「高市ラリー」再開か、解散検討報道で思惑

ビジネス

トランプ米大統領、クレジットカード金利に10%の上

ビジネス

関税返還となった場合でも米財務省には十分な資金=ベ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画をネット民冷笑...「本当に痛々しい」
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 6
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 7
    美男美女と話題も「大失敗」との声も...実写版『塔の…
  • 8
    決死の嘘が救ったクリムトの肖像画 ──ナチスの迫害を…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    飛行機内で「マナー最悪」の乗客を撮影...SNS投稿が…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 6
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 7
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 8
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 9
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 10
    「グリーンランドにはロシアと中国の船がうじゃうじ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中