最新記事

中国経済

米金融緩和で中国に増殖する「海豚族」

アメリカの量的緩和策が投機資金の津波を引き起こし、東アジア諸国は通貨防衛に追われる負の構図

2010年11月18日(木)17時38分
ジョナサン・アダムズ

自己防衛 物価上昇を恐れて「買いだめ」に走る消費者が増えている(11月17日、安徽省合肥市のスーパーで) Reuters

 最近の中国語のインターネットの世界で流行語となっているのが「イルカ(海豚)族」という言葉だ。大量貯蔵を意味する中国語を略した単語と、イルカを意味する「海豚」の発音が同じことから生まれた言葉で、さらなる物価上昇に備えて生活必需品を買いだめする人々のことを指す。

 イルカ族の出現は、ドル安が中国や東アジア全域の人々の暮らしに影響を及ぼし始めている証拠だ。横浜で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で「緊密な共同体」を目指すとの首脳宣言が採択された一方で、通貨安戦争が始まった理由もここにある。

 中国の南方日報の記事によれば、広州に住む張さんは強迫観念にかられて化粧品やタオルなどを買いだめしている。「必要なものはみんな買いだめしているの。私も『イルカ』ね」と彼女は語ったという。

 これはただの集団ヒステリーとは違う。中国の10月のインフレ率は予想を大きく上回る4.4%を記録した。6%に到達する日は近いとの見方もある。

 南方日報の記事によれば、広州のスーパーマーケットの商品価格も上昇しており、例えば食用油の値段は15%、砂糖は13%値上がりした。

 国立政治大学(台湾)の殷乃平(イン・ナイピン)教授によれば、物価が急上昇した理由のひとつはドル安だ。「ドル安になれば、米ドルを保有している人々は(資産)価値を守るためにドルを放出して何か別のものを買おうとする。するとあらゆるものの(価格が)押し上げられる」と殷は言う。

 台湾では一次産品の価格が急上昇しており、政府は消費者の負担を軽減するためにトウモロコシ粉や大豆粉、砂糖といった主要輸入品への関税を引き下げている。

無神経なアメリカの金融政策

 中国でも台湾でも利上げ観測が浮上している。景気浮揚策からインフレ対策への転換が行なわれるというわけだ。

 だが利上げは投機資金の流入という副作用をもたらしかねない。投機筋は大量の資金を投じて東アジアの通貨など相場が上昇しているものを買いあさり、相場が天井に達したと思ったらいっせいに売り抜ける。いわば東アジアの外為市場をカジノに変えつつあるのだ。

 一説には世界の投機資金は総額で10兆ドルに上るとも言われている。運用額があまりに大きいため、「投機筋が値上がりすると読んだものは必ず値上がりする」という逆説的な現象まで起きている。

 だが輸出への依存度の高い国にとって、自国通貨があまりに高くなることは歓迎できない。景気や雇用情勢の悪化を招くからだ。自国通貨の乱高下を防ぐために中国の中央銀行などは大規模な市場介入を行なっている。為替相場を安定させるために投機資金を「吸収」しているわけだ。

 為替相場の安定を図るこうした試みは、アメリカの量的緩和策によってさらに困難の度を増している。東アジア諸国にとって、6億ドル規模の追加量的緩和は投機資金の津波のようなものだ。

「アメリカは内需を拡大しようとしているが、(量的緩和で市場に注入される)資金はアメリカ国内には留まらず海外に流出するだろう」と殷は言う。「そして問題を引き起こす。海外に流出した資金はドル相場をさらに押し下げ、通貨戦争のきっかけとなるからだ」

 殷に言わせれば、中国などアジアの輸出国に量的緩和が与える影響についてアメリカ政府はあまりにも無頓着だ。「アメリカの人々は、こうした問題を懸念材料として見るということができない」と殷は言う。

「だがそんなに大量の資金が非常に短い期間に流れ込んでくれば、多くの問題の原因になる。なぜなら多くのアジア諸国の金融市場は(資金流入の)影響を非常に受けやすいからだ」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、国内の米資産を損失補償に充当へ 凍結資産没

ビジネス

ユーロ圏の第1四半期妥結賃金、伸びはやや上昇=EC

ワールド

ロシア、ウクライナ北東部ハリコフをミサイル攻撃 7

ビジネス

テスラ、30年までに年2000万台納入との目標を削
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレドニアで非常事態が宣言されたか

  • 2

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決するとき

  • 3

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」...ウクライナのドローンが突っ込む瞬間とみられる劇的映像

  • 4

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 5

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 6

    韓国は「移民国家」に向かうのか?

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 9

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 10

    高速鉄道熱に沸くアメリカ、先行する中国を追う──新…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 8

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 9

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 10

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中