最新記事

財政赤字

世界が突っ走る緊縮財政の罠

財政出動で大不況を回避した欧米各国が今度は赤字削減を競っているが、性急な緊縮策は致命傷になる

2010年7月14日(水)15時37分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

 首相が陰気なゴードン・ブラウンから楽観的なデービッド・キャメロンに代われば、明るいムードになる──イギリスの有権者がそう考えていたとしたら、残念ながら甘かった。

 43歳のキャメロンは6月7日、最も急を要する問題は「イギリスの膨大な財政赤字と膨れ上がる債務」だと国民に告げた。「これらの問題にどう対処するかが、わが国の経済と社会、私たちの生活全体を左右するだろう」

 イギリスの財政赤字は対GDP(国内総生産)比11%を超える見込み、公的債務は約7700億ポンド(1兆1200億ドル)に達し、さらに膨らみ続けている。そこでキャメロンは支出を削減し増税もあり得るという荒療治に打って出た。トニー・ブレア元首相のモットーが「クール・ブリタニア」なら、キャメロンのモットーは「今すぐ緊縮!」になりそうだ。

 大半の先進国は08〜09年の世界金融危機に景気刺激策で応じ、政府支出を増やし減税を実施した。不況時には政府が民間需要の減少分を穴埋めする必要があるという、経済学者ジョン・メイナード・ケインズの理論にのっとった政策だ。

 しかし今年は緊縮の年になりつつある。財政危機のギリシャは国際的救済への支持を得るため、予算削減と増税の厳しい緊縮政策を打ち出した。スペインのホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロ首相率いる左派政権は5月、国民の5人に1人が失業中にもかかわらず、公務員給与の5%削減と年金支給額の引き上げ凍結を決めた。

 ドイツのアンゲラ・メルケル首相は6月7日、航空便に新たな「環境税」を課し、国防予算と公共事業を削減する総額816億鍄の財政再建策を発表した。ドイツの財政赤字は対GDP比5%と十分に低いが、メルケルは「将来を考えるなら我慢も必要」と語った。

緊縮策に踏み切る理由

 緊縮ムードは大西洋を越えてアメリカにも伝わってきた。失業率が9.7%と高止まりするなか、米下院は5月、財政赤字を懸念して雇用対策関連法案の規模を縮小。バラク・オバマ大統領は先日、各政府機関に対し、12年会計年度に予算を5%削減するよう指示した。州や市も予算削減と増税を進めている。経済学者ポール・クルーグマンの言う「ペイン・コーカス(痛みを伴う政策を説く人々)」が世界中で台頭しているのだ。

 緊縮政策に踏み切る理由は国によって違う。低成長で重い債務を抱える南欧諸国(スペイン、イタリア、ポルトガル)をはじめ多くの国では、ギリシャの二の舞いを避けるためだ。それ以外の国はインフレ(物価上昇)の懸念からだが、先進国は膨大な余剰生産能力を抱えており、インフレの兆しはほとんどない。

「今の時点で世界的なインフレに対抗する政策が必要だと言うのは、北極の氷が今にも急拡大しそうなので、直ちに手を打つべきだと主張するようなものだ」と、カリフォルニア大学バークレー校のブラッド・デロング教授(経済学)は言う。

 だが、一部の先進国はわずかなインフレの兆しにも過敏になっている。ドイツが厳しい赤字削減策を打ち出したのは、ユーロ圏に模範を示すためでもあるが、1920年代の超インフレ(ワイマール共和国を崩壊させ、ヒトラーの台頭につながった)の亡霊に、いまだに縛られているせいでもある。

 政治的な要素も強い。政治家にとって、賃金カットと増税は危険な賭けだ。しかしキャメロンのように就任間もない指導者が緊縮政策を取れば、前任者の「負の遺産」を一掃するためだと強調できる。6月9日、EU(欧州連合)ではギリシャ危機後初となる国政選挙がオランダで実施され、3%の予算削減と財政均衡を訴えた中道右派の自由民主党が勝利を収めた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、トランプ氏発言で危険にさら

ビジネス

テスラ、米生産で中国製部品の排除をサプライヤーに要

ビジネス

米政権文書、アリババが中国軍に技術協力と指摘=FT

ビジネス

エヌビディア決算にハイテク株の手掛かり求める展開に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 7
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 8
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中