コラム

高潔なる政治家、コリン・パウエルの死と「歴史のif」

2021年10月27日(水)13時30分

黒人初の国務長官になったパウエル REX/AFLO

<84歳で死去した黒人初の米国務長官。過ぎ去りし日への郷愁と「パウエル大統領」への想い>

数々の「史上初」を成し遂げたコリン・パウエルは、現代国際政治の歴史に間違いなく名を残す人物だ。

黒人を奴隷にするという罪の上に築かれたアメリカ合衆国において、いまだに黒人への差別と偏見がまかり通る時代に少年期と青年期を送ったパウエルは、黒人として初めてアメリカ軍の制服組トップ(統合参謀本部議長)とアメリカの外交トップ(国務長官)に上り詰めた。

10月18日、パウエルが84歳で死去し、その訃報が流れると、多くの人が故人の人格と知性、そして勤勉さと優しさをたたえた。「パウエルのルール」と呼ばれる13の指針は、その人柄に裏打ちされた素晴らしい人生訓として知られている。

しかし、私たちはこの偉大な人物に惜しみない賛辞を送りつつも、故人の存在と言葉を永遠に失ったことへの悲しみに加えて、過ぎ去りし日々への郷愁と胸の痛みを感じずにいられない。

21世紀のアメリカの歴史を振り返ると、パウエルにまつわる「歴史のif」にどうしても思いをはせたくなる。

過去半世紀で最大の外交上の失敗とも言うべき2003年のイラク戦争は、イラクのフセイン政権が大量破壊兵器を保有していると、パウエルが国連安全保障理事会で報告しなければ起きなかったに違いない。

パウエル自身はこの戦争に懐疑的で、開戦に強く反対したが、1人の忠実な軍人としてアメリカの情報機関と軍最高司令官である大統領の判断を尊重した。パウエルは自身の完璧な信用をイラク戦争開戦のために用いたのだ。

戦争は泥沼化し、アメリカの地政学的な力とソフトパワーが大きく損なわれた。アメリカは、それによる国家の衰退からいまだに立ち直れていない。イラク戦争は、パウエルの偉大さ故に起きた戦争だったと言えるのかもしれない。それほどまでに、パウエルは素晴らしい人物だった。

もし1996年の大統領選に出馬していれば、現職のビル・クリントンを大差で破って当選していただろう。この年の大統領選で再選されたクリントンに不倫スキャンダルが持ち上がり、対立陣営から猛攻撃が加えられた。

もし、謹厳実直なパウエルが大統領になり、ホワイトハウスがこのようなスキャンダルに汚染されていなければ、アメリカが今日のようなイデオロギー対立に引き裂かれることはなかったのではないか。トランプのような高潔さの対極にある人物が大統領に選ばれることもなかったのではないか。そんなふうに思いを巡らせずにいられない。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ政権、予算教書を公表 国防以外で1630億

ワールド

ロ凍結資金30億ユーロ、投資家に分配計画 ユーロク

ワールド

NATO事務総長、国防費拡大に新提案 トランプ氏要

ワールド

ウクライナ議会、8日に鉱物資源協定批准の採決と議員
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    金を爆買いする中国のアメリカ離れ
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story