コラム

東北の人々にとって「語り」が意味するもの

2020年03月12日(木)16時00分

新型コロナの影響で、今年各地の追悼行事は控えられた Athit Perawongmetha-REUTERS

<悲劇を寓話にすることで、人々は痛みを受け止め、乗り越えてきた>

東日本大震災から9年の歳月が流れました。今年は、新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、大きな追悼行事は控えられましたが、各メディアにおける震災に関する報道は比較的充実していたように思います。もしかしたら、社会における不安の増大が、あらためて被災者の声に耳を傾ける姿勢になっているのかもしれません。

それはともかく、2011年5月に岩手県庁のご厚意で陸前高田と大船渡を取材させていただいた時から、私には1つの問いが念頭から離れませんでした。それは、東北の人々は、どうしてこのような膨大な「死」という事実、あるいは記憶に耐えていけるのかという問いです。

その問いに答えてくれる1冊の本に出会うことができました。

それは、1975年に「みやぎ民話の会」を設立して以来、東北の民話を「採訪」し続けている小野和子氏の『あいたくて ききたくて 旅にでる(パンプクエイクス刊)』です。

小野氏については、2015年にプリンストン大学で行われたイベントに参加された際にお目にかかることができ、本欄でもその業績と、映画『うたうひと』において紹介された「人々に民話を語らせる」シーンの意味合いなどをお伝えしたことがあります。

宮城県を中心とした東北の民話に関しては多くの著書を刊行されている小野氏ですが、今回の『あいたくて ききたくて 旅にでる』は特別な重みをもった1冊です。

3つ指摘させていただきたいと思います。

まず第1は、本書では小野氏が自身の肉声を徹底的に語っておられるということです。民話を集めた本というのは、それこそ柳田國男の『遠野物語』から、小野氏のこれまでのお仕事まで、それぞれの土地で集めた民話を紹介するのが主であり、著者による「採訪」のプロセスや主観的な感想はあくまで従というのが常でした。

ですが、本書は異なります。小野氏自身の「語り」で満たされているのです。「その土地へはこう行って、ある人に紹介されて、その結果、その人に出会って1つの民話を聞かせてもらえた」という「採訪」の経緯だけでなく、小野氏自身の人生、それこそご家族への思いや、飛騨高山出身で東北の文化を「外部から」で見ることのできた視点などが生々しく語られています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

PE業界会議、2年連続で逆風 高金利で買収枯渇

ビジネス

中国輸出、5月は予想上回る前年比+7.6% 輸入は

ワールド

台湾巡る戦争、世界を根本的に変える 駐米豪大使が警

ビジネス

中国EVのNIO、第2四半期販売台数は倍増超見込む
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナの日本人
特集:ウクライナの日本人
2024年6月11日号(6/ 4発売)

義勇兵、ボランティア、長期の在住者......。銃弾が飛び交う異国に彼らが滞在し続ける理由

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車が、平原進むロシアの装甲車2台を「爆破」する決定的瞬間

  • 2

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が34歳の誕生日を愛娘と祝う...公式写真が話題に

  • 3

    カラスは「数を声に出して数えられる」ことが明らかに ヒト以外で確認されたのは初めて

  • 4

    「出生率0.72」韓国の人口政策に(まだ)勝算あり

  • 5

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 6

    なぜ「管理職は罰ゲーム」と言われるようになったの…

  • 7

    アメリカ兵器でのロシア領内攻撃容認、プーチンの「…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    世界大学ランキング、日本勢は「東大・京大」含む63…

  • 10

    アメリカで話題、意識高い系へのカウンター「贅沢品…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 3

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が34歳の誕生日を愛娘と祝う...公式写真が話題に

  • 4

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 5

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 6

    キャサリン妃「お気に入りブランド」廃業の衝撃...「…

  • 7

    「サルミアッキ」猫の秘密...遺伝子変異が生んだ新た…

  • 8

    アメリカで話題、意識高い系へのカウンター「贅沢品…

  • 9

    「自閉症をポジティブに語ろう」の風潮はつらい...母…

  • 10

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 8

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 9

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story