コラム

日本の「国のかたち」、戦前戦後の変化を認める立場とは?

2013年08月08日(木)13時33分

 今年も二回の原爆忌に続いて、8月15日がやってきます。この「敗戦の意味」を考える上で重要なのが、戦前と戦後で日本の「国のかたち」は変わったのかという問題です。実は、この問題に関しては明確な合意ができていません。

 1つの考え方は、日本という言語や文化を持った文化圏(エスニシティー)は不変だが、統治機構という意味での国家(ソブリン)は変化したという見解です。日本国政府は明らかにそのように行動していますし、国際社会からもそのように認知を受けていると思います。

 例えば、現在の国際連合は大戦中の「連合国」の正統性を継承しており、「枢軸国」は「旧敵国」だという規定が国連憲章には入っています。いわゆる「敵国条項」ですが、日本政府は統一後のドイツと共同で公式にこの「敵国条項の廃止」を要求し、総会決議にも漕ぎ着けています。(各国の批准を促進する努力はしていませんが。)

 それは、国際社会が「現在の日本は敵国ではない」という認知をしているのと同時に、日本政府も「自分たちは事実上、旧連合国の敵ではなくなった」という自己規定をしているからです。このことは、「日本におけるソブリンの変化」ということが国際社会としても、日本国としても公式な理解だということの証明であると言えます。

 ですが、日本の国内では必ずしもこの点に関する合意ができているとは思えません。

 まず、保守の立場には「できるだけ戦前との一貫性を確保したい」という姿勢が見えます。勿論、何もかも戦前に戻すべきだという主張は少数ですが、少なくとも「戦前あるいは戦中の軍や政府の行動に関して不名誉な評価があるのであれば、その名誉を回復したい」という態度はかなり鮮明なものがあると思います。

 他に色々とやること、考えるべきことがある一方で、戦前・戦中の軍の行動に関する「名誉回復」に大きな関心を寄せるというのは、ソブリンの一貫性を感じている証拠とされても仕方がないように思います。

 一方で、これに反対する「リベラル」の勢力はどうでしょう? 彼等はいわゆる「保守」への批判、特に「保守の抱えている戦前との一貫性」への批判には熱心です。例えば今回の麻生副総理の「ナチスの手口に学べ発言」などが発生すると、政争の力学という意味もありますが、大変な勢いで批判をするわけです。

 勿論、今回の麻生発言に弁解の余地は全くないのですが、批判の仕方として「政権批判」という「野党根性」が前面に出てしまうと、「現在の日本の政府は戦前からの正統性を引きずっている」ということを認めた上で「それは悪である」という批判のスタイルになってしまうわけです。つまり「自分たちは戦後の新しいソブリンを作って行くんだ」という責任感というよりも、「現在の政権は戦前の悪しき正統性を引きずっている」という批判で済ますことによって、間接的に「政権の戦前からの一貫性」を認めているわけです。

 この問題がよりハッキリと出ているのが、いわゆる従軍慰安婦問題です。保守の側は「狭義の強制連行はなかった」という「事実認識」にこだわることで「戦前の日本の名誉回復」にエネルギーを使っています。その一方で「リベラルな勢力」は「そのような姿勢は悪だ」として「政権として正式な謝罪や補償を行うのが理想」だという主張になるわけです。

 この両者は、立場は違うのですが結局言っていることは同じです。それは「現在の日本のソブリンは戦前との一貫性を持っている」ということです。保守派は「だから戦前の名誉にこだわる」わけですし、リベラルの側は「だからイカン」と言っているのですが、どちらも「戦後のソブリンは戦前とは一貫している」と言っているに等しいわけです。

 そう申し上げると、リベラルの立場からは「いやいや自分たちは大日本帝国憲法を全面否定し、日本国憲法を護持しようとしているのだから、一貫性を支持する立場とは違う」という主張がされるかもしれません。憲法に関してはそうかもしれませんが、例えば国旗や国歌に関しては「日の丸や君が代には反対」という場合に「代案」を出すということは余りないわけです。

 つまり「戦後の新しいソブリン」というものを作っていこうというよりも、「戦争で明らかになった国家というものの悪しき正体」を自分たちは批判したい、言ってみれば「国家性悪説」という思想実験に走っているわけです。では、それに見合うような「徹底した国家機能の縮小」を志向しているのかというと、決してそうではなく「国家の機能は拡大しつつ、国家の性格には戦前的なものを感じて批判する」という複雑な立場になっているわけです。

 そう考えると、日本の左右の勢力は、結果的には同じように「現在の国のかたち」は「戦前的なものを引きずっている」ということを認めてしまっているということになります。

 これは大変に危険なことです。

 例えば、最近の中国の軍部は、どう考えても覇権主義的な海洋戦略を推進しているにも関わらず、それを「右傾化した日本への懲罰行動だ」などと弁明をしているわけです。そうしたロジックに正当性を与えてしまうという問題があります。

 また、韓国の場合は慰安婦の問題で、村山内閣以来の政権で官民挙げて推進した「アジア女性基金」による元慰安婦の人々への救済事業を「日本国政府の正式な謝罪と補償ではない」として否認して来たわけですが、そうした主張の延長で現在も「現在の日本国政府が正式に謝罪と補償を」という姿勢を崩していません。こうした姿勢にも正当性を与えてしまう危険があるわけです。

 では、どうすればいいのかと言うと、特に新しいことをする必要はないと思います。日本の政府や外交当局も、あるいは皇室も、そして多くの在外邦人も、また海外で活動する日本企業も皆、「戦後の日本は変わった」ということを前提に行動しています。それでいいのです。そのような官民挙げての「平和国家、全方位外交」の努力を通じて、この「変化」は国際社会の中で確固たるものになっているからです。

 ただ、「戦前の名誉回復」に必要以上にこだわるとか、「戦前的なものを残した政権」への批判だけやっていればいい、というような「不毛な左右対立」については、そろそろ終わらせるべき時期だと思うのです。

<編集部からのお知らせ>
夏期休暇のため、来週は当ブログの更新をお休みします。次回のエントリは、8月20日(火)の予定です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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