コラム

アメリカの若者がデモをしても就職できる3つの理由

2011年10月07日(金)12時10分

 ニューヨークのダウンタウンで行われている「Occupy Wall Street(ウォール街占拠デモ)」ですが、その後も盛り上がりは続いているようです。5日の水曜日には公称1万人が参加して、『ニューヨーク・タイムズ』は(締め切りの関係はあるにしても)翌日の一面で「スティーブ・ジョブズの死」よりも大きく扱っていました。更に6日になると、デモの勢いは増して、先週末同様に警官隊との衝突も起きているようです。また、私の住むニュージャージーを挟んでニューヨークの西側に位置するペンシルベニア州のフィラデルフィアでも「フィリー占拠デモ」が行われているなど、各地に波及が続いています。

 ところで、このデモに関してですが、例えば日本の場合ですと、いくら社会への不満を抱えていても、デモをすることのメリットはあまりない一方で、例えば逮捕歴などがつくと、不利になることの方が多い、程度の差こそあれ、そうしたリスクが意識されることがあるように思います。では、どうしてアメリカの若者は平気でデモをするのでしょうか?

 答えは簡単です。デモに参加したからといって就職が遠のくことはないからです。

 一つは、逮捕歴の問題です。アメリカは銃社会であり、警察の防犯への努力の一貫としてFBIなどによる犯歴データベースは完備しています。ですから軽微な違法行為でも、犯歴は一生ついて回ると言われています。にも関わらず、ブルックリン橋の「無許可デモ」で700人も逮捕されて平気なのは、基本的に犯歴が就職に影響しないからです。

 どうして影響しないのかというと、まずプライバシー保護の観点から、犯歴情報の照会が制限されているということがあります。また。仮に雇用主が採用する候補者が「過去にデモ参加による逮捕歴」があることを知ったとして、これを理由に採用を断ることもできません。というのは、麻薬や凶悪犯など「職務遂行に支障のある犯歴」以外の理由で不採用になったということが立証されると、民事法廷で懲罰的な賠償を取られるからです。

 もう一つは社会的な価値観の問題です。アメリカ人はデモとかお祭り騒ぎが大好きです。そして、そうした「イベント」で「ハメを外す」ということは社会的に許容されるという文化があります。大学では新入生をハダカにしたり、妙な格好をさせたりという「イニシエーション」の馬鹿騒ぎはエリート校でも盛んです。

 スティーブ・ジョブズの死にあたって、かつての盟友でアップルの共同創業者であるスティーブ・ヴォズニアックがNBCのインタビューで「まあ若い時には、一緒に相当悪いこともやりましたがね」と言っていましたが、その内容(例えば電話代をごまかすマシンの販売とか)はともかく、そうしたことを許容しある程度までは「逸脱も勲章」とする感覚があるのです。まして、そうした行動をした人間を批判するのは大人気ないとされています。

 ジョブズの遺言にある「クレイジーであれ、ハングリーであれ」というのは、勿論、ジョブズの全人生をかけた深い意味が込められているのですが、そのことと、若者の「ハメ外し文化」そして今回の「占拠デモ」のカルチャーは、全く無関係とも言えないように思います。

 三点目は、企業の採用姿勢の問題です。まず、アメリカの場合は「新卒一括採用」とか「年齢制限」などはありません。ですから、大卒後数年を経過したからといって、もう正規雇用はムリだと思い詰める必要はないのです。本当に能力があれば、そしてそれを「時代遅れ」にならないようにブラッシュアップしていれば採用される可能性は十分にあるわけです。景気のサイクルから来る「氷河期」というのは確かにありますが、そこでチャンスを逃したからといって、一生ずっと氷に閉じ込められるわけではないですし、むしろ中高年のリストラが進んだほうが中期的には若者の雇用には有利だったりするという考え方もあります。

 では仮に採用面接などのチャンスを得た場合にどうかというと、勿論あえて言う必要はないのですが、仮に「ウォール街占拠デモ」に参加していたことが分かったとしても、多くの企業はそれほどの悪印象は持たないと思います。確かに、そこには企業カルチャーというのがあって、どちらかと言えば嫌う会社もあるでしょう。デモなんかに行っているヒマがあったら、専門性の勉強をしたり、思い切って起業したりした方を評価するという企業はあるでしょう。ですが、何もせずにボーッと家に引きこもっていたというよりは、デモで組織的な活動に熱心に取り組んだという方が評価されると思います。

 そんなわけで、「占拠デモ」の若者たちは、決してデモに参加したからといって就職が遠のくわけではないのです。彼等なりにメッセージを発信して行けば、何らかの形で世の中が良くなって自分たちの回りの雇用情勢も好転すると信じているのです。勿論、閉塞感はあり、その閉塞を突破したいという思いはあるでしょう。ですが、絶望感というのとは違うと思います。デモに行くのは健全な自負心があるからで、その自負心は社会性やビジネススキルとは相反しない、むしろ親和性がある、大局的にはそうした価値観がアメリカにはまだ生きているように思います。

 一昨日は、社会運動、思想運動としてのデモということでは、やや冷ややかな観点から分析しましたが、文化運動とか自己表現ということでは、アメリカの若者の活力を見せているのも事実で、こうした経験がやがてこの世代による経済成長の原動力になる可能性もあるように思います。

 逆を言えば、「もうダメだ」「もう引き返せない」と思い詰めて暴走するということは、彼等の場合には考えにくいのです。その点では、一連のロンドンの暴動や、アラブの春とは全く次元の違う現象だということが言えるでしょう。若者ゆえに、多少の「ハメを外す」行為は出てくるかもしれませんし、今週のようにどんどん人数が増えれば警官隊との衝突などは派手に起きていく可能性はあります。ですが、事態が一線を越えて深刻な流血などに発展する可能性は少ないと私は見ています。

(筆者からお知らせ)
この「占拠デモ」に関して、以下の番組でお話をする予定です。
・NHKーBS1「地球テレビ100」10月8日(今週の土曜日)午後10時より

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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