コラム

日本の新首相、選考基準を考える

2011年08月15日(月)11時28分

 ようやく政局が首相交代へ動き始めました。次は誰が日本の総理になるのか、既に具体的な名前が取り沙汰されているようです。ですが、よく考えれば過去5人の総理大臣については、安倍、福田、麻生、鳩山、菅と連続して「1年前後」での辞任ということになっているわけで、次はもう少し安定した政権をというのは、絶対に外せない条件でしょう。とは言っても「1年以上持つ」ということは、結果論であって、新首相を選ぶ上での選考基準にはなりません。

 では、何を基準に選んだらいいのでしょうか? それは世論とのコミュニケーション能力だと思います。1つではなく3つ条件を挙げよ、と言われても同じです。「世論とのコミュニケーション、世論とのコミュニケーション、世論とのコミュニケーション」これしかありません。過去の5人は全てこの点で「挫折し」「疲弊し」「投げ出した」というのは厳然たる事実だからです。

 アメリカに住んでおりますと、4年に1度の大統領選だけでなく、国会議員や州知事、州議会議員から市町村長に至るまで、選挙の前には長い予備選のプロセスがあるのが当然という感覚があります。その予備選を通じて候補者は延々と「ありとあらゆるテーマ」について、世論と対話をしてゆくのです。現在は、正に共和党の大統領候補選びのプロセスがスタートしていますが、とにかく1年以上の長丁場をかけて世論からコミュニケーション能力のチェックを受けるわけです。

 例えば、現在日本からの報道では、民主党の野田佳彦財務相が有力な総理候補とされていますが、野田氏がこれまでやってきたのは、党内ポリティクスを永田町用語で番記者に対して喋るコミュニケーション、実際の党内政治や今回の大連立論議のような密室での私的コミュニケーション、そして閣僚としての儀式性の強い官僚への指揮命令のコミュニケーションが中心だと思います。

 世論と直接喋ったというのは、例えばTVの政治討論番組で喋ったとか、自分の選挙区で街頭演説をしたというぐらいではないでしょうか。ですが、TVの政治討論というのは「比喩や腹芸」といった「業界内のお約束」が残った言語様式の世界ですし、選挙運動というのは一方的なメッセージ発信であり、しかも評価は言葉ではなく票で返ってくるだけですから、フィードバックを受けた修正は効きません。ちなみに、選挙区からの陳情を受けるというのもあるかもしれませんが、会話としてはこれは密室のコミュニケーションのカテゴリでしょう。

 つまり、野田氏という人がいかに有力候補に擬せられていても、政府を代表して自分の言葉で世論と直接対話をしたことはないのです。つまり、航空機で言えば、ラジコン飛行機や紙飛行機で遊んでいた人間が、多少シュミレータ訓練を受けただけで、いきなり定員600名のエアバス380を飛ばすようなものです。勿論、そんなことができるわけがなく、怖くなって操縦桿を次の人に渡したくなるのは当然でしょう。過去の5名はそうでした。

 ここ数週間の野田氏といえば、行動として伝えられるのは、財務相として超円高に対して「注視する」と言い続け、それが「腹芸」文化を使って翻訳すれば「介入を決意しつつ必死に調整中」という意味になるとか、自公両党に「救国内閣への協力」を平身低頭「お願いして」回るという種類の言動だけです。正にラジコンや紙飛行機のレベルです。正々堂々と世論に対して語りかけることは、そんな機会もないし、そもそもやったことはないのです。

 仮に野田氏が有力候補であるならば、そうした機会を一刻も早く、本格的な場として設けるべきです。具体的には民主党の代表選になるのでしょうが、単に党内の「内輪」の討論というのではなく、この代表選の場を「世論への直接のコミュニケーション」の場として真剣に捉え、そこでしっかりした信任を得るべきだと思うのです。

 具体的には2点掲げたいと思います。

(1)自民党の、安倍、福田、麻生の3代の政権が崩壊したのは「KY」(安倍)「あなたとは違うんです」(福田)「ホテルのバー通い」(麻生)といった「偉そうな言動」が反感を買ったからです。また民主党政権に入ってからの2代は「みなさまのお暮らしが大切」(鳩山)「公約変更についてはお詫び申し上げる」(菅)といった、自民党の反対、つまり「下手に出れば何とかなる」という防衛的な姿勢が不信感を買いました。上からのアプローチも、下からのアプローチもダメさ加減については世論は十分に知っています。世論と目の高さを揃えるべきです。具体的には世論の最大の関心事を自分のものとし、世論の感じる痛みを自分も当事者として感じることです。これが全ての基本であり、「消費期限1年の政権」を越えるための必要条件です。

(2)現在は異常事態です。異常事態である中、いったい何が起きているのか、問題点は何なのか、当面の解決策としては何があるのか、という現状認識について「誰よりもわかりやすく、政府を代表して語れる」ことが大切です。自分の言葉で語り、少なくとも「全体を見回して事態を把握している」という安心感を与える、これは世論とのコミュニケーションの基本だからです。具体的には「米欧の国家債務問題や景気と日本の円高」「福島原発事故の収束見通しと除染計画、食品や住環境の安全基準」「東北を中心とした震災被害に対する国土と産業の修復計画」の3つについて、官僚の言葉でなく自身の言葉で語ることが重要です。

 次期首相選びに当たっては、少なくともこうした2点について直接世論が候補者のパフォーマンスをチェックできる仕組みが必要だと思います。選出プロセスに民意が入れば政権のオーソリティが増すだけではありません。とにかく世論との直接のコミュニケーションという経験のないままに首相に就任し、いきなり世論との対話の場に臨んで崩壊するといった過去の5人の失敗を繰り返す余裕は今の日本にはないからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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