コラム

東電の原発の状況を「戦争」に例えるのは不適切ではないのか?

2011年03月30日(水)11時46分

 東電原発事故の状況が一向に好転しない中、政府や東電の対応を見ていると、第二次大戦の敗戦に至った日本的な組織の欠陥が繰り返されているのでは? 池田信夫氏がそのような観点から『失敗の本質』という本を参考にするよう勧めています。これは経営学者の野中郁次郎氏が、防衛大学の戦史研究家の戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀の各氏と行った共同研究で、旧日本軍が組織として持っていた脆弱性を客観的に分析した本です。

 確かに今回の原発事故とその対策において、こうした「日本的組織の脆弱性」を意識することは有効だと思います。正に、今読まれるべき本だとも言えるでしょう。ですが、同時に今回の事態は「戦争」とは全く異なる問題だということも指摘しておきたいと思います。池田氏は勿論そんなことは言っていませんが、一部に「軍政を敷くべき」などという、妙な言論があるのが気になるからです。

 まず、今回の事故の経緯に関しては発生前から現在進行中の冷却と遮蔽のプロセス、更には使用済み核燃料の冷却から貯蔵に至るまで、そして周辺の大気、土壌、海水の汚染についても情報は全て公開すべきだと思います。それは文字通り「全て」であり、それだけでは足りません。情報は、信頼度を判断する全ての条件と共に公開され、同時に「因果関係」の議論が広範に行われるような適切な「整理」が必要です。もっとも「整理」といっても、加工や隠蔽は一切許されないと思います。

 この点において、軍事機密の名の下に情報が統制される「戦争」とは全く事情が異なります。どうして情報を公開しなくてはならないのかというと、そうでなくては、世論の政府やエネルギー政策への信頼が崩れるからであり、国際社会からの日本への信頼が崩れるからです。隠したり、加工したりするのはもっての外であり、能力不足や官僚的な手続きによる公開の遅れや、情報の誤りも許されないと考えるべきだと思います。

 まず情報の信頼度についてですが、現時点では「冷却」と「遮蔽」が最優先課題となっている、それは分かりますが、必要なデータの収集と信頼度の確保ということも、同様に最優先にすべきだと思います。原子炉内の圧力、温度、建屋の様々な箇所の放射線量、溜まった水の中の放射性物質の残量、海水や土壌の状態などを「決まった場所で定期的に検査」することが大事であり、例えば海水であればその際の海流の状況など、土壌や大気については降雨との関係など、「数値に意味を持たさせるための条件」も併せて公開すべきです。そもそも、正確な計測と適切な公開がされなければ、肝心の冷却と遮蔽ができたかどうかも分からないことになるからです。

 勿論、現時点では最低限の公開はされているのですが、それが報道される際に「整理」がされているかというとダメだと思います。例えば、東京の浄水場でヨウ素131が出た問題に関しても、事故後の「最初の雨」の後はこうした現象は予想されたわけで、降雨のパターンと水系からどんな状況になるのかは専門家を集めればある程度シミュレーション可能だったのではないかと思われます。まず危険を予測し、間に合う範囲の対策を講じながら正確に状況を把握して事実を公表する、そうした「信頼を得るための情報の整理」ができていれば、あそこまでのパニックは起きなかったのではと考えられます。

 まるで、びっくり箱のように「事後に」なって「水道水が汚染」だとか「農作物」がどうとか、「プルトニウムが出た」などとバラバラに情報を出し、しかも発表者自身が「びっくり」しながら後手後手に回って情報を出す、更に情報源がバラバラの役所に分かれていて、事実確認に時間がかかる、こうした状態は早く克服すべきです。そうではなくて、予想できる汚染は事前に警告をして対策も講じておき、「異常値」が出たときには真剣に問題視するという構えをとらなくては、これからの長期にわたる問題との対決は乗りきれないように思います。

 後は、情報をもっと正確に出す中で、基礎的な理解を徐々に世論に対して広めていくことが大事です。例えば、「偉そうな印象を与えるのは政治的自殺行為」という思い込みに縛られてだと思いますが、原発に関しては「首相は小学5年生レベル」「官房長官は中学1年生レベル」程度の科学的な用語や、解説に止めているように見えます。NHKのニュースで「中2」レベルでしょうか?

 私はこれだけの問題であり、長丁場なのですから、飛び交う情報の水準を「理科の得意な中学3年生レベル」ぐらいに上げていくことは必要だと思います。メディアも基礎の分かった記者を官邸なり、現場に送ることで「必要なチェックをかけながら、世論全体で原子力技術に関して学んでいく」ためのサポートをして欲しい、そう考えます。

 例えば、ここまで重要な問題なのですから、元素名と同位体については正確に伝えて欲しいと思います。例えば「セシウム137」というのは、これからのプロセスでは大変に重要な問題になるので「セシウム」と略すべきではないですし、「ヨウ素」と「ヨウ素131」は厳密に区別して発表し、報道すべきだと思います。

 これは「戦争ではない」ことのもう一つ重要な点は「人命の徹底的な尊重」です。周辺住民の安全も勿論ですが、冷却と遮蔽のために様々な業務に従事している人々が、基準値を上回る被曝をしないように、最善の配慮をすべきです。基準値以内であるにしても、一定の放射線量の被曝をしながら作業をしている方々への尊敬や応援は必要です。

 ですが、そこで「決死隊」とか「命がけ」という表現を使うのは慎むべきだと思います。また、消防や自衛隊が安全に留意することへの批判もすべきではないと思います。仮に成功裏に冷却と遮蔽が完了したとしても、そのプロセスで危険なギャンブルや、明らかな人命の軽視が行なわれたのであれば、今後のエネルギー政策論議を冷静に進めるのは難しくなるからです。

 一つ気になっているのが、米軍の関与です。一部に報道されているように、仮に米軍から原子炉事故処理の専門部隊が処理に参加するとしたら、それ自体は心強いことかもしれません。彼等の厳密な手順に従い、彼等の持っている何らかの用具や防護服などが(仮にそうしたものが活用できるとして)困難な作業に当たって役立つのであれば、それも有難いことだと思います。

 ですが、仮に米軍が参加したとして、その部分は「軍事機密」だからと秘密のベールで覆うのは、今回に限っては止めて頂きたい、そう思います。日本人の「在日米軍」への複雑な感情に配慮してというのではありません。

 そうではなくて、今回の事故とその処理には、日本と世界のエネルギー政策の帰趨がかかっており、そのために最初に申し上げたように僅かな分野でも秘密にされては困るのです。秘密が残ることは、イコール信頼性を損なうことだと肝に銘じていただきたいのです。世界各国において、とりわけ民主主義国においてエネルギー政策を冷静に、そして後悔のない形で決定してゆくために、このことはたいへんに重要な問題だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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