コラム

世界と中国人が越えられないネットの「万里の長城」

2017年07月24日(月)18時15分

<中国共産党は今年に入ってネット検閲の「壁越え」を規制する徹底したネット遮断政策を導入している。ビジネスや科学技術への悪影響より、共産党の統治を維持することを重視しているからだ>

87年9月、一通の電子メールが北京のコンピュータ応用技術研究所からドイツ・カールスルーエ工科大学(KIT)に送られた。この中国の最初期の電子メールにはこう書かれていた。「Across the Great Wall we can reach every corner in the world.(万里の長城を越え、我々は世界へ向かう)」。

この電子メールは厳密な意味で中国から出した最初の電子メールではない(一番早いのは86年8月25日、中国科学院高エネルギー物理研究所から欧州原子核研究機構〔CERN〕にあてたものだ)。ただその内容ゆえ、多くのネットに関する資料の中で、中国のネットと世界の繋がりを示すメルクマールとして受け止められて来た。

しかし、全ては間もなく終わる。

中国と世界がネットで接続された後、人々はすぐネット上で中国の真実がたくさん発見できることを知った。この状況を望まない共産党当局は98年から、国家としての「ファイアウォール」プロジェクトをスタート。本来は何の制限もないはずのネットが、中国の国境で検閲を受けることになった。

この検閲システムは次々と繰り出される対策に応じて徐々に改良された。自由を渇望する人々は様々な「壁越え」ツールを使ったが、こういった個人・民間企業による技術は国家の資金・実力と渡り合えるはずもなく、中国人が壁越えしてネットを利用するのはだんだん難しくなった。

【参考記事】「グローバル化は終焉、日本はEUに加盟せよ」水野和夫教授


今年初め、下半期から来年初めにかけて中国で徹底したネット遮断が行われる、という噂が流れた。多くの人が信用しなかったのは、国際貿易上の必要性から本当に全世界のネットと遮断することなどあり得ない、と考えたからだ。

しかし、ここ数カ月でそれは現実になった。共産党が打ち出した一連の厳しい壁越え禁止政策によって、個人の壁越えソフト開発者はすべて警察側の呼び出し・警告を受け、ソフトは「撤去」を余儀なくされた。全国各地で壁越えするネット利用者が警官に呼び出され、尋問される事件が発生。共産党は壁越えソフトの個人向けサービスを来年2月までにやめるようソフト提供業者に要求した。

日本の読者は不思議に思うだろう。共産党があらゆるネットを遮断したら、明らかに中国全体のビジネスに損害が出るではないか、と。中国と世界の科学技術交流を断ち切られてしまう。なのに、どうして彼らはこんなことをするのか、と。

共産党の理屈では、自らの統治上の地位を守ることはすべての要求に勝る。共産党が決然とネットを遮断するのは、今が危機だとを見ているからだ。ネットを遮断すれば人民をごまかすことができるし、今後、新たな危機が訪れた時にもより簡単に各種の集会やデモを弾圧できる。

新疆ウイグル自治区は中国の最も敏感な地区だ。09年7月に区都ウルムチで民族衝突が発生し世界を驚かせたが、その後に新疆の全区域は1年余り世界とのネット接続を断ち切られた。それだけでなく、中国のその他の地域とのネット接続も遮断された。いつの日か、もし中国でまた共産党の統治を揺るがす大事件が発生したら、共産党は迷うことなく全ての地域のネットと通信を遮断するだろう。その時、中国は本当に世界と隔絶する。

中国は「グレート・ファイアウォール」を宇宙まで拡張する気だろうか?

プロフィール

辣椒(ラージャオ、王立銘)

風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB年内利下げ幅予想は1%、5月据え置きは変わら

ワールド

EU、米国の対ロシア政策転換に備え「プランB」を準

ワールド

サウジ、原油生産の政策転換示唆 「原油安の長期化に

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、米GDPは3年ぶりのマイナ
今、あなたにオススメ
>
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 2
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・ロマエとは「別の役割」が...専門家が驚きの発見
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 7
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story