コラム

汚染された大地に住む中国人の「チャイニーズ・ドリーム」

2016年05月06日(金)16時17分

 江蘇省の常州外国語学校は2015年9月、常州市の中心部から郊外の新しい校区に移転した。中等部と高等部が併設されたこの私立学校は常州市で一番の実力校だ。教育環境と教師の人材が一流なだけでなく、中産階級以上の家庭でしか負担できない授業料の高さも一流だった。

 昨年の12月、この学校は異常な臭いに包まれた。腐ったバナナの臭いに似ていると言う人もいれば、殺虫剤のようだとも言う人もいた。学校に子供を迎えに行き、いつもこの異臭を嗅いでいた保護者の1人は「しばらく嗅いでいるとめまいがした」と証言している。常州市は化学工業が発達した都市で、人々は化学工場から出る異臭には慣れっこだった。しかし学校に現れた消えない異臭に、保護者たちの間に緊張が広がった。

 12月末、一部の子供の体に赤い発疹やできものが現れると、保護者たちは連れだって子供を検査に連れて行き、多くの子供のリンパ腺と甲状腺に異常があることが判明した。学校の北側はもともと3つの化学製品工場の所在地で、この3つの工場の移転後に土地の修復が行われていた。その1つの常隆化学工場は52年間の長期にわたってこの地で生産を続け、彼らの生産したカルボフランやメトミルなどの殺虫剤はすべて毒劇物に該当する。

 その後さらに多くの学生が発病し、約500人の学生に皮膚炎、湿疹、気管支炎、白血球減少などの症状が現れた。中にはリンパ腫や白血病が発見された子供もいた。常隆化学工場で働いたある古い従業員によれば、彼がここで働いた35年の間、工場は1滴も廃水処理をしたことがなく、猛毒の廃水はすべて地下の排水パイプを通じてこっそり運河から長江に流されたか、地下に埋められたという。

 ある環境報告書によれば、化学工場が引っ越した後の土壌と地下水は高度に汚染されており、土壌中と地下水の塩化ベンゼンの濃度はそれぞれ基準の9万4799倍と7万8899倍に達していた。四塩化炭素は2万2699倍、そのほかの有毒物質も基準の数千倍だった。これらの汚染物質は以前から発癌性が指摘されており、長期間接触すると癌などの病気になる可能性がある。常州外国語学校の移転先の常州市新北区は化学工業と農薬生産による重汚染地区で、データによれば新北区にある人口6000人の新華村で、04~08年の間に癌患者数は約200人に達した。

 保護者たちの訴えと抗議、世論の圧力で中国政府も調査班を派遣した。しかし政府に公正に処理する気はなく、このように深刻な健康被害事件に直面しても、いつも通り真相を隠し、保護者の抗議の声を封じ込めようとした。事件をきっかけに、保護者の中に外国への移民を考える人たちが出始めた。このことは、ある母親の民族的自尊心を傷つけた。ところが当局の調査班が学校区の大気には明らかな汚染がなく、結節性甲状腺腫の247人とリンパ腫の35人の学生については原因不明とする絶望的な調査結果を公表すると、彼女は自分に子供を国外に移民させる能力がないことを恨んだ。

 中国共産党は絶えず「中国の夢」を吹聴しているが、普通の中国人は「中国の夢」が何かを知らない。しかし常州外国語学校の保護者たちにとって、それは明らかだ。彼らにとって「中国の夢」は「移民の夢」なのだ。

<次ページに中国語原文>

プロフィール

辣椒(ラージャオ、王立銘)

風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

冷戦時代の余剰プルトニウムを原発燃料に、トランプ米

ワールド

再送-北朝鮮、韓国が軍事境界線付近で警告射撃を行っ

ビジネス

ヤゲオ、芝浦電子へのTOB価格を7130円に再引き

ワールド

インテル、米政府による10%株式取得に合意=トラン
今、あなたにオススメ
>
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「このクマ、絶対爆笑してる」水槽の前に立つ女の子、ホッキョクグマが取った「まさかの行動」にSNS大爆笑
  • 3
    3本足の「親友」を優しく見守る姿が泣ける!ラブラドール2匹の深い絆
  • 4
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 5
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 8
    一体なぜ? 66年前に死んだ「兄の遺体」が南極大陸で…
  • 9
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 10
    海上ヴィラで撮影中、スマホが夜の海に落下...女性が…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 9
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story