コラム

南シナ海問題、中国の「まがいもの」法廷という思考法を分析する

2016年07月27日(水)16時40分

 しかしながら、任命された5人の判事の顔ぶれを見る限り、日本と直接の関係がある人物はおらず、ガーナ、ドイツ、ポーランド、オランダ、フランスの出身者だった。現在の所長は別の国の人間が務めており、日本の関与を一種の陰謀論に仕立てる論調を創り出したのも客観・公平的なものとは言えない。

 いずれにせよ、中国の「まがいもの」論全体から伝わってくるのは、世界の主流の見方と自らをあえて切り離そうという意図である。しかしながら、この改革開放政策の30年間は中国が国際社会の一員になる歩みであったはずだ。正当性の主張のためとはいえ、唯我独尊的な孤立主義は、中国が国際秩序のなかで生きて行くことを否定することにつながり、中国という国家そのものの信用を失っていく道であることに中国自身も気付くべきだろう。

 ただ、日本のメディア報道にもいささか問題があった。今回の判決を出したところを「オランダ・ハーグの仲裁裁判所」と書いているが、これではあたかも仲裁裁判所がハーグに常設されているように思えて、PCAと混同しがちになってしまう。しかし、「常設仲裁裁判所」と「仲裁裁判所」は異なるもので、そういう国際海洋法の紛争解決のルールや仕組みについては、中国の批判を理解するうえでも、掘り下げて解説されるべきであった。また、裁決文についても同じ理由でもっと詳しく扱われて良かったのではなかっただろうか。

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト、大東文化大学教授
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。朝日新聞に入社し、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』(ちくま文庫)『台湾とは何か』『香港とは何か』(ちくま新書)。『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

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