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アングル:雇用激減するメキシコ国境の町、トランプ関税が追い打ち

2025年09月06日(土)07時58分

 メキシコ北部、米テキサス州エルパソの国境対岸にあるシウダーフアレス。写真はシウダーフアレスの組立工場の求人に夜明け前から並ぶ人ら。8月11日、メキシコのシウダーフアレスで撮影(2025年 ロイター/Jose Luis Gonzalez)

Mariana Hernandez Jose Gonzalez

[シウダーフアレス(メキシコ) 1日 ロイター] - メキシコ北部、米テキサス州エルパソの国境対岸にあるシウダーフアレス。装飾用リボンをつくるデザイン・グループ・アメリカズの工場で、ファビオラ・ガリシアさんは現場の生産ラインから11年かけて昇進し、30人を率いるマネジャーになった。流れは突然変わる。今年6月、勤務は週3日に減らされた。8月、同社は破産保護を申請し、担当者は工場の閉鎖を決めた。職を失ったのは彼女ひとりではない。約300人が一度に仕事を失った。

会社は裁判所への提出書類で、業績不振の一因としてトランプ米大統領が課した関税を挙げた。ガリシアさんの耳にも担当者の言葉が残る。「関税が会社に響いた」。同社で働いていた夫も解雇された。人員削減についてのコメント要請に、同社は応じていない。

世界各地から原材料をほとんど無関税で仕入れ、仕上げた製品を米国へ送り出す。そんなシウダーフアレスの組立工場が、今、危機にある。賃金上昇に加え、左派の与党・国家再生運動(MORENA)による改革に対する投資家の警戒が強まる中、トランプ氏の世界規模の貿易戦争がさらに追い打ちをかけた。

マキラドーラとして知られるこの種の工場は、シウダーフアレスの雇用の約60%を支える。メキシコ有数の製造拠点として長年走り続けてきたこの都市は近年、「ニアショアリング」の波に乗ってきた。中国製品への米国関税を避けるため、多国籍企業がメキシコへ移る動きだ。だが、好況は終わり、現場では人減らしが進む。工場を畳む例も出はじめた。

メキシコ国家統計地理院によれば、2023年6月から2025年6月までの2年間で、フアレス市の工場雇用は6万4000超減った。うち約1万4000は今年上半期に集中する。

<チェリー・オン・トップ>

米国との自由貿易に依存するメキシコ経済の脆さが、今回の大量解雇であらわになった。トランプ氏が断続的に関税を発動する中、企業は事業継続に苦慮する。2025年の実質GDP成長率の見通しは1%を割り込んで停滞している。

マキラ協会インデックス・フアレスの副会長、マリアテレサ・デルガド氏は「業界は危機的状況にある」と言い切る。彼女とビジネスの有識者6人は、解雇の背景に複合的な要因を挙げる。

連邦政府による最低賃金引き上げの後、工場の利幅は縮んだ。メキシコ北部の最低賃金は2019年の時給22ペソ(約172円)から、現在は52.48ペソに上がった。23年には、前大統領が任命制の判事を公選制に改める大規模な司法改革を打ち出し、司法の独立が揺らぐとの懸念から海外マネーは足踏みし始めた。改革は今年、施行された。

決定打はトランプ氏の貿易戦争だったと、デルガド氏は言う。メキシコの輸出の多くは無関税で米国に入るが、自動車、鉄鋼、アルミニウム、一部の繊維には高関税がのしかかる。「トランプ氏の関税は、とどめの一撃だった」 

資金の流入も細る。2025年1ー3月のメキシコへの海外直接投資は前年比21%減。シウダーフアレスのあるチワワ州では、製造業への海外直接投資が8億ドルから3億4800万ドルへと56%も落ち込んだ。州のイノベーション・経済開発庁トップのウリセス・アレハンドロ・フェルナンデス氏は言う。「不確実性がビジネスの空気を変えている。通商政策の行方が見えるまで、企業は意思決定も新規投資も遅らせている」 

すでにシウダーフアレスから撤退した企業も出ている。賃金の安い国へと生産を移したり、関税回避のため米国内に投資する動きが進む。

今年初め、自動車部品製造のリア・コーポレーションは、一部の生産ラインをシウダーフアレスからホンジュラスへ移すと発表した。需要の変化と北部国境地域での賃上げに対応し、コストを削る広い戦略の一環だ。仏の電子機器メーカー、ラクロワは年内にこの地での操業をやめる計画を明らかにし、北米撤退の主因に、継続的な損失と通商の不確実性を挙げた。

地域の企業連合「ボーダー・ブロック・トレード」を率いるソル・サライアンディア氏も、くぎをつくる自社の金物工場で人員を削った。2023年に約90人いた従業員は、今や20人に減った。「顧客はコストを切り詰めている。昨日は注文があったが、今日は無し、だ」

ロイター
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