コラム

日本は若年層の雇用格差を克服できるのか

2016年12月12日(月)15時40分

woraput-iStock

<長きにわたって経済的に「痛めつけられてきた」若年層。その負のトレンドもようやく反転する兆候が見られる。雇用条件の改善は、デフレが克服されてマイルドなインフレが定着すれば、自ずと実現される将来だ>

アメリカの格差と日本の格差

 2016年11月のアメリカ大統領選挙は、共和党候補ドナルド・トランプの想定外の勝利となった。その背景の一つは、この20〜30年の間に拡大してきたアメリカの所得格差であろう。その経済状況に対する白人低所得者層の積もりに積もった不満が、その驚くべき選挙結果をもたらしたということである。これは、予備選でヒラリー・クリントンと民主党候補の座を最後まで争った「社会主義者」バーニー・サンダースの躍進、さらには所得分配の不平等をテーマとしたフランス人経済学者トマ・ピケティの大著『21世紀の資本論』が2014年に英語版が出版されるとアメリカでベストセラーになったことと同根の現象である。これまでは競争の結果としての所得格差に比較的に寛大と考えられてきたアメリカの人々の経済規範にも、大きな変化が現れ始めているのかもしれない。

 所得格差が問題視されているのは、日本でも同様である。日本の場合には、特に2000年代に入った頃から、「格差社会」という言葉がメディアなどで盛んに使われるようになった。そこで言われてきた格差とは、主に正規か非正規かという雇用形態における格差である。労働者の中で非正規の比率が高まり始めたのは、1990年代後半以降のことである。それはいうまでなく、バブル崩壊後の厳しい経済状況を乗り切るために、企業が賃金コストを切り詰めるべく、正規を非正規に置き換え始めたからである。

 そこで最も厳しい状況におかれたのは、学業を終えて新規に労働市場に参入した若年層であった。というのは、正社員の解雇が自由にはできない終身雇用という制度のもとでは、企業が正規を非正規に置き換えるためには、まずは新卒採用の正社員求人を減らすことが必要だからである。結果として、新規学卒の就職率は急激に低下し、正規雇用からはじき出された若年層が、有期契約や派遣労働などの非正規雇用に滞留し続けることになった。

 彼ら若年層非正規労働者の多くは、自発的に非正規を選んでいる学生アルバイトや主婦のパートタイムなどとは異なり、正規を望みながらそれを得られていない「不本意非正規」である。正規とほぼ同じ仕事をしながら、給与や待遇に大きな格差があるのに、わざわざ非正規の立場を選ぶはずもないからである。

 その非正規労働者たちは、給与水準のあまりの低さから、やがて「ワーキングプア」と呼ばれるようになった。そして、不運にもそうした厳しい雇用状況に直面せざるを得なかった世代は、「ロスト・ジェネレーション」と呼ばれるようになった。

 将来の日本経済を担うはずの若年層が、これほどまでの長きにわたって経済的に「痛めつけられてきた」ツケはきわめて大きい。それは、単に勤労意欲や労働における技能形成の毀損には留まらず、日本の少子化といった問題にまで及んでいる。若年非正規雇用者が経済的な理由から結婚を忌避しがちであること、また結婚してもやはり経済的な理由から子どもの数を抑制しがちであることは、各種の調査が明らにしている。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ワールド

アングル:米大学入試の「人種考慮」変わるか、最高裁

ワールド

日米、半導体開発で行程表 西村・レモンド両氏が共同

ワールド

アングル:ウクライナ復興事業、先行するチェコとポー

ビジネス

APEC貿易相、共同声明合意できず ロ・中が反対=

今、あなたにオススメ

MAGAZINE

特集:愛犬の心理学

2023年5月30日号(5/23発売)

アメリカ最新研究が明らかにするイヌの潜在的知力と飼い主へのホンネ

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    【画像・閲覧注意】ワニ40匹に襲われた男、噛みちぎられて死亡...血まみれの現場

  • 2

    「ぼったくり」「家族を連れていけない」わずか1年半で閉館のスター・ウォーズホテル、一体どれだけ高かったのか?

  • 3

    歩きやすさ重視? カンヌ映画祭出席の米人気女優、豪華ドレスからチラ見えした「場違い」な足元が話題に

  • 4

    ロシアはウクライナを武装解除するつもりで先進兵器…

  • 5

    韓国アシアナ機、飛行中に突然乗客がドアをこじ開けた…

  • 6

    「英語で毛布と言えないなら渡せない」 乗客差別と批…

  • 7

    F-16は、スペックで優るロシアのスホーイSu-35戦闘機…

  • 8

    築130年の住宅に引っ越したTikToker夫婦、3つの「隠…

  • 9

    ウクライナからの越境攻撃に米製高機動多用途装輪車…

  • 10

    大事な部分を「羽根」で隠しただけ...米若手女優、ほ…

  • 1

    「ぼったくり」「家族を連れていけない」わずか1年半で閉館のスター・ウォーズホテル、一体どれだけ高かったのか?

  • 2

    F-16がロシアをビビらせる2つの理由──元英空軍司令官

  • 3

    【画像・閲覧注意】ワニ40匹に襲われた男、噛みちぎられて死亡...血まみれの現場

  • 4

    築130年の住宅に引っ越したTikToker夫婦、3つの「隠…

  • 5

    歩きやすさ重視? カンヌ映画祭出席の米人気女優、…

  • 6

    ロシアはウクライナを武装解除するつもりで先進兵器…

  • 7

    韓国アシアナ機、飛行中に突然乗客がドアをこじ開けた…

  • 8

    おそろいコーデ、キャサリン妃の「頼れる姉」ソフィ…

  • 9

    「英語で毛布と言えないなら渡せない」 乗客差別と批…

  • 10

    ジャニー喜多川の性加害問題は日本人全員が「共犯者…

  • 1

    世界がくぎづけとなった、アン王女の麗人ぶり

  • 2

    「高い」「時代遅れ」 あれだけ騒がれた「メタバース」、早くもこんなに残念な状態に

  • 3

    カミラ妃の王冠から特大ダイヤが外されたことに、「触れてほしくない」理由とは?

  • 4

    「ぼったくり」「家族を連れていけない」わずか1年半…

  • 5

    F-16がロシアをビビらせる2つの理由──元英空軍司令官

  • 6

    【画像・閲覧注意】ワニ40匹に襲われた男、噛みちぎ…

  • 7

    築130年の住宅に引っ越したTikToker夫婦、3つの「隠…

  • 8

    日本発の「外来種」に世界が頭を抱えている

  • 9

    チャールズ国王戴冠式「招待客リスト」に掲載された…

  • 10

    「飼い主が許せない」「撮影せずに助けるべき...」巨…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story