コラム

ニュースにならない被災者の本音(その1)

2011年03月31日(木)19時46分

「ありがとうございます」「お疲れ様です」――先週末から5日間、仙台を拠点に被災地を取材した際、幾度となく言われた言葉だ。タクシーに乗ったとき、ホテルの受付で、県庁や市役所、そして避難所を訪れたとき。

 話を聞いた被災者のなかには、家族を失った人、大切な人がまだ見つからない人、家も職場もすべて失った人もいる。自分が彼らの立場だったらと考えると、そんなときに東京からやって来たというその日初めて会う記者に、極めて個人的なことを話す気になど到底なれない。それなのに、今回の取材で出会った方々は「取材なんてお断り!」と罵倒するどころか、こちらの目をまっすぐに見据えて1つ1つの質問に真摯に答えてくれた。

 彼らと話すうちに思い知ったのは、目の前にいる「被災者」が、3月11日のあの瞬間まではどこにでもある日常を送っていた、ごく普通の、一般的な人たちだという極めて当たり前の事実だ。テレビや新聞で繰り返し被災者の声を聞いているうち、いつの間にか彼らを「被災者」というカテゴリーに当てはめてしまい、そこから抜け落ちる日常的な素顔というか、そういうものへの想像力が働きづらくなっていた――恥ずかしいことだが、少なくとも私の場合はそうだったのだと思う。

 被災地から帰ってきて繰り返し思い出すのは、避難所の方々と交わした活字になりづらい言葉だ。そうした会話からこそ見えてくる、彼らのニーズというのがあるのではないか。そういう期待を込めて、ここに記しておこうと思う。
 
若林区写真.JPG

田んぼが瓦礫まみれの仙台市若林区(3月28日)

 避難所で遊ぶ子供は、一見すると「どこにでもいる無邪気な子供たち」だ。だが、彼らにとって被災体験と避難所生活が途方もなく「非日常」であることは、少し話をするだけですぐに分かる。
 
 そのギャップを目の当たりにしたのが、津波被害に遭った仙台市沿岸部のある避難所で子供たちと言葉を交わしたときのこと。

 体育館の受付で避難者名簿を見せてくださいとお願いすると、町内会長が壁に張り出された手書きの名簿を指差し「赤丸は生存者、青丸は死亡者、丸ナシは行方不明」と教えてくれた。家族ごとに記された名前はほとんどが赤丸で囲まれていたが、なかには青丸も。両親とも青丸で、子供と思われる名前だけが赤丸で囲まれた家族もある。赤丸の先には、矢印で移動先と思われる地名が記されている。

 そんな生々しい名簿の前で、小学生の男女7人がポテトチップスを食べながらDSで遊んでいた。都内では節電のためにDSの充電を我慢していると聞いていたのに、避難所ではDS遊び。その「日常的な」光景に妙にホッとしながら、一番年長と思われる女の子に声を掛けた。「地震のときの話を聞かせてくれるかな」と言うと、周りのわんぱくキッズが「えー?なんでー?なんで聞きたいのー?」と次々に声を挙げ始めた。容赦のない質問返しにたじろぎながらも、子供相手にごまかしは許されない。「どうか自分、間違ったこと言っていませんように」と心の中で祈りながら、彼らと話しはじめた。

「今起きていることはね、今は大きなニュースだけど、10年後、50年後には歴史に変わるの。みんなも、学校で歴史って習うでしょ?」「あ、神戸の地震とかー?」と男の子。「そうそう。神戸は今ではすっかり立ち直ったけど、あの地震も、16年前はそのときに実際に起きてた出来事だった。あのとき、新聞記者とかいろいろな人が地震を体験した人に話を聞いたりして、記録したから、今は歴史として残ってる。記録が残れば、そこから学べることが必ずある。何が起きたのかを記録するためには、当事者じゃないと話せないことがたくさんあるんだよ」。そう言うと、子供たちは妙に納得した様子で「じゃあオレ、歴史に名を残すの?」とはしゃぎながら体験談を語り始めた。

 子供は子供なりに、自分の身に何が起きているのかを理解しようとしているのだろう。子供たちの言葉は、時にとてもストレートだ。「おれ、ばーちゃん死んだー!」と手を挙げる男の子(9)がいれば、「面白がって言うことじゃないでしょ」とたしなめる女の子(11)がいる。その女の子は、家が津波に飲まれたときに飼っていた犬2匹が心配だったと話してくれた。「1匹は死んじゃった。でももう1匹は、棚の上に乗っていて無事だったの」。避難所でいつもどんなことをしているのかと聞くと、「DSとか。津波の日に、内緒で学校に持っていって無事だった。午後は、みんなカウンセリングルームに行く。子供はストレスがたまってるからって。私はそうでもないけど」。ある男の子(9)は、夜中の3時くらいに避難所のおじさんが「俺は病気だから、人を殺しても罪はない!」と叫んでいるのを聞いて怖かったという。「あの人、夜中に1人で会議やってるんだもん。うるさくて眠れないよ」

 被災した子供たちはみな、小さな心に大きな傷を負っている。今は目に見えないその傷が、後になって表面化するというのはよく聞く話だ。阪神淡路大震災の後に被災地の小・中学生の心の状態を調査した菅原クリニック(京都市)の菅原圭悟院長によると、地震後、数カ月や1年が経っても子供たちの心の傷はまったく癒えていなかったという。当時見られたのが、親たちの精神的なダメージに子供たちが巻き込まれるケースだ。親が混乱すると、子供の心にも影響が出やすい。心の傷が重症化するのを防ぐためには早い時期のケアが必要だが、子供を診察できる精神科医というのは全国的にも数が少なく、被災地では子供のケアが後手に回っている。

 無邪気に恐怖体験を語り、避難所生活の苦しみを何気なく話す子供たちを見ていて、菅原の言葉が頭をよぎった――「子供は言語的にうまく訴えることができないし、日本は何より高齢者が優先というのが社会的ルール。だが、子供は校庭で元気に遊んでいるというのは思い込みだ。高齢者への体のケアは必要だけど、心の問題に関しては幼い世代を優先させてあげたい」

 子供たちのそばを離れて体育館の中を歩いていると、ジャージ姿の女性が目に留まった。話し掛けると、「携帯充電してくっから、ちょっと待ってて」と言い、すぐに戻ってきてくれた。彼女(38)はこの春に高3になる息子と、両親と暮らす母子家庭。家は津波に飲まれ、職場の工場も流された。

 この母親との話で印象的だったのは、とりあえずの物資が確保できた今、彼女が何より求めているのは今後についての確実な希望だということだ。

 今、一番心配なのは仕事がないこと。息子を大学に行かせるつもりだったが、「お金がないからね。今は、息子に大学の話はしづらいよね。かわいそうな思いはさせたくないんだけど」。心待ちにしているのは、政府が授業料を全額免除してくれるとか、助成金を出してくれるというニュースだ。「ちゃんと書いてよ、授業料の話! 1年後じゃダメだから。半年後までにって、書いてな」と言う。

 彼女は「被災者」である前に、1人の人間であり母親だ。たわいもない会話をするうちに、そうした当たり前の事実が浮かび上がってくる。話題は井戸端会議のように次から次へと移り、その端々で彼女は声を上げて笑った。

 例えば、息子の話。「最近、彼女と別れたみたいなんだわ。携帯に貼ってあったシールがはがれてたから。でもちょうどよかった。別れてなかったら今ごろ彼女のところに行ってたかもしんねーし」。そう笑い、別れ際にはこちらの心配までしてくれた。「どこに泊まってんの? 大変だろ、メディアの人も」。仙台です、仙台中心部もコンビニは閉まっているし、ガスが止まっているのでお湯も出ないと言うと、「じゃーこことおんなじだ」と言って眉間にしわを寄せる。「いえいえ、避難所生活とは比べものになりません」と言う私を遮って、「気を付けるんだよ。泥棒も出てっし、いい人ばっかじゃねーから。ホント、気を付けて帰ってな」と真顔で念押ししてくれた。

ニュースにならない被災者の本音(その2)に続く

――編集部・小暮聡子


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