コラム

地方選挙から見るドイツ政治:ザールラント州議会選挙の結果

2017年03月29日(水)16時50分

中道左派中心政権を作る難しさ

連邦であれ、州であれ、近年のドイツの政権は原則として連立政権となる。CDUやSPDが議会で単独過半数を得られないということは、連立のパートナーとなる政党が必要である。(もちろん歴史的には多数の例外があるし、今日でもキリスト教社会同盟(CSU)が存在し、特殊な事情を持つバイエルン州は例外である。)この4年間に党勢を一気に拡大した極右ポピュリストのAfDとはどちらの政党も連立しないので、可能性としては左派党、緑の党、FDPである。

ザールラントではFDPは弱く最初からほぼ議論にあがっていなかったので、SPDが第一党となってCDUと大連立を組むのでないとすると、SPDと左派党、ないしSPDと左派党と緑の党の連立が現実的とされた。ドイツでは政党のシンボルカラーで政治を語ることも多いため、赤赤連立(SPDと左派党)とか赤赤緑(SPD、左派党、緑の党)連立と呼ばれる。

ドイツでは10数年前から実施されている経済構造改革、とりわけ労働市場の柔軟化と社会保障の効率化によって経済は活性化した。しかしその結果社会的な格差が拡大し、貧困家庭が増大し、不安定な雇用によって将来に不安を抱く者が多くなったという批判もある。SPDの新首相候補シュルツはこのような格差への手当、不安への対応をとりあげて支持を集めてきた。そのため以前から構造改革に特に批判的であった左派党と連立する可能性もあった。

しかし有権者は左派党との連立という実験ではなくて、過去5年間うまく機能してきたCDU主導の大連立を選択した。左派党はSPDの構造改革路線に反対して党を飛び出し新たな政党を作ったSPD左派の人々と、東ドイツの旧共産党系政党が2005年の連邦議会選挙時にまとまって結成した政党である。旧共産党系政党であることになお疑念を抱く有権者もいれば、安全保障・外交政策でこれまでのドイツの政策とは大きく異なる路線に不安を抱く者もいる。州レベルでは外交政策は管轄権限がないので、旧東ドイツ地域では左派党が地方レベルの政権に入っている事例は多数あるが、旧西ドイツ地域では未だに左派党は州レベルの政権にも入っていなかったのである。

左派党をめぐってはザールラントには一つの特殊な事情がある。左派党の創設者の一人で、現在もザールラント州議会で活躍しているラフォンテーヌは、元SPD党首であり、1985年から1998年までザールラント州の首相であった。その後1998年のシュレーダー政権の誕生と共に財務大臣として連邦の政治に転出したが、経済政策の路線対立からSPDを離れ、左派党結党に向かったのである。ラフォンテーヌの個人的な人気は地元ではなおとても高い。

しかし、選挙結果を見ると有権者は安定した政権運営を選択した。各種世論調査を見ても、現在の経済状況に満足していると回答するものは多く、経済が長年にわたって好調であることは、現政権にとっては当然ながら有利に働いている。このような状況の下で新しい連立組み合わせで政権を提示することはなかなか難しい。

国政でも政権担当の経験のある緑の党が連立の選択肢としてあれば有権者も安心であるかもしれないが、今回の選挙では環境イシューよりも地元経済重視であったことや、環境や福祉の充実などでは緑の党は説得力のある独自色を十分に打ち出すことも出来なかった。

プロフィール

森井裕一

東京大学大学院総合文化研究科教授。群馬県生まれ。琉球大学講師、筑波大学講師などを経て2000年に東京大学大学院総合文化研究科助教授、2007年准教授。2015年から教授。専門はドイツ政治、EUの政治、国際政治学。主著に、『現代ドイツの外交と政治』(信山社、2008年)、『ドイツの歴史を知るための50章』(編著、明石書店、2016年)『ヨーロッパの政治経済・入門』(編著、有斐閣、2012年)『地域統合とグローバル秩序-ヨーロッパと日本・アジア』(編著、信山社、2010年)など。

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