コラム

規格外の現代アーティスト、杉本博司が語る「因縁」とは何か

2022年09月09日(金)17時00分

だが、杉本曰く「品質が良すぎるのか、実際にかけてみたら全然変わらず(注3)」、後に、岸壁という、より過酷な環境でも展示され、杉本の写真における時間の経過の実験は現在も直島の自然のなかで続けられている。

多文化主義、グローバル化のもと、かつて周縁といわれた複数の拠点が世界各地で台頭するなか、国内では阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件などが起こり、不穏な空気で始まった1995年に、福武書店はベネッセコーポレーションに社名変更。新たな展開をはかる頃、杉本も、長年交渉を重ねてきた京都の通称三十三間堂の千体仏の撮影許可を遂に得て、撮影を敢行するのに合わせて、大きな決断へと向かう。

古美術商としてのお得意様だったメトロポリタン美術館など、各地の美術館で個展をするなど、作家活動が安定したことで、古美術商をやめ現代アーティストに専念することとした。1997年以降、古美術の購入は自分のためだけのものとなった。

その後、「建築」シリーズなど新たなシリーズに次々と着手していった杉本は、2001年、写真界のノーベル賞ともいわれるハッセルブラッド国際写真賞を受賞。

そして、その年の9月、ニューヨークのスタジオの窓から、ワールド・トレード・センターが崩れ落ちるのを目の当りにする。それは、杉本が初めてニューヨークにやってきた約四半世紀前に新築され、物見遊山気分で訪れた場所であった。

当時、杉本は、数週間後にオーストリアのブレゲンツ美術館での個展開幕を控えており、その企画の一環として、死者の魂の復活劇である能の「屋島」の演出に初めて取り組んでいるところだった。

miki202209sugimoto-1-5.jpg

2002年10月13日に護王神社で行われた奉納能「屋島」の様子(Photo: Sugimoto Studio)

悩んだ末に実施を決めた杉本は、以降、文楽など日本の伝統的舞台芸術の演出にも本格的に取り組むことになっていく。

注3. 2021年10月9日ベネッセアートサイト直島での千宗屋とのトーク、その他より。

「本物より本物らしい世界の終焉」を捏造した杉本博司 に続く。

※この記事は「ベネッセアートサイト直島」からの転載です。
miki_basn_logo200.jpg

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ポーランド領空侵犯に非難相次ぐ、ロシアは関与否定 

ワールド

カタール攻撃は賢明でないとトランプ氏、ネタニヤフ氏

ワールド

インドネシア新財務相、政府資金の金融システム投入で

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック連日最高値、AI期
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題」』に書かれている実態
  • 3
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 4
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 5
    毎朝10回スクワットで恋も人生も変わる――和田秀樹流…
  • 6
    カップルに背後から突進...巨大動物「まさかの不意打…
  • 7
    富裕層のトランプ離れが加速──関税政策で支持率が最…
  • 8
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 9
    ロシアが遂に「がんワクチン」開発に成功か...60~80…
  • 10
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 4
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 5
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 6
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 7
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 8
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 9
    エコー写真を見て「医師は困惑していた」...中絶を拒…
  • 10
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story