コラム

規格外の現代アーティスト、杉本博司が語る「因縁」とは何か

2022年09月09日(金)17時00分

miki202209sugimoto-1-3.jpg

杉本博司《カボット・ストリート・シネマ、マサチューセッツ》1978年©Hiroshi Sugimoto

一見、順調な作家活動のように思えるが、実際は助成金頼りで生活は厳しく、彼の妻は家計を支えるべく民芸や古美術を扱う店を70年代終わりに開店。だが、結局、妻は子育てに忙しく、代わりに杉本が古美術の買い付けを担当することとなる。

これが彼の感性、知性、歴史認識と目の鍛錬に多大なる影響を与えることになっただけでなく、顧客には、イサム・ノグチやドナルド・ジャッド、ルイーズ・ニーヴェルスン、サイ・トゥオンブリーらが名を連ねており、現代アートとは違う場所での彼らとのやりとりも杉本の思考や活動の大きな刺激になったことも想像に難くない。

直島との出合い~ハッセルブラッド賞~能の演出へ

時代は平成に代わり、ベルリンの壁や冷戦構造の崩壊などで世界が大きく動いた1990年前後に、杉本は二度にわたり佐賀町エキジビット・スペースで個展の機会を得る。展覧会を通して第30回毎日芸術賞を受賞するなど、杉本が日本での地位を固めていった頃、ベネッセアートサイト直島もまた実質的な活動の船を漕ぎだしている。

1989年には安藤忠雄監修による直島国際キャンプ場を、続いて1992年には安藤設計によるホテルと美術館が一体化したベネッセハウス直島コンテンポラリーアートミュージアム(現ベネッセハウスミュージアム)をオープン。

当初は、現代美術だけでなく幅広く文化に関する企画展を手掛けていたが、1994年に周囲の自然環境のなかに作品を設置する野外展「Open Air'94 "Out of Bounds"―海景の中の現代美術展―」を開催。

この展覧会は杉本と直島の出合いであるだけでなく、ベネッセアートサイト直島の活動における「自然と建築とアートの共生」という方向性形成にも繋がっていく。ベネッセハウス屋外テラスの安藤建築独特のコンクリート壁面に瀬戸内海の水平線と連なるように「海景」が展示された。

miki202209sugimoto-1-4.jpg

杉本博司《タイム・エクスポーズド》©Hiroshi Sugimoto(写真:安斎重男)

防水加工フレームに密閉された、世界各地で撮られた写真14枚は、当初、展覧会期のみの展示だからということで安藤事務所からやっと了解を取り付けたものだった。しかし、評判が良かったことから、杉本より、諸行無常をテーマに、太陽光や風雨に晒され写真がいかに色褪せていくか、時間の経過が写真にどのように取り込まれるのかを見てみたいと話があり、そのまま展示の継続が許可される。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ポーランド領空侵犯に非難相次ぐ、ロシアは関与否定 

ワールド

イスラエル軍、イエメン首都と北部県攻撃 死者35人

ビジネス

米8月卸売物価2.6%上昇に減速、前月比はマイナス

ワールド

トランプ政権が控訴、クックFRB理事解任差し止め巡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題」』に書かれている実態
  • 3
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 4
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 5
    毎朝10回スクワットで恋も人生も変わる――和田秀樹流…
  • 6
    カップルに背後から突進...巨大動物「まさかの不意打…
  • 7
    富裕層のトランプ離れが加速──関税政策で支持率が最…
  • 8
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 9
    ロシアが遂に「がんワクチン」開発に成功か...60~80…
  • 10
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 4
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 5
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 6
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 7
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 8
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 9
    エコー写真を見て「医師は困惑していた」...中絶を拒…
  • 10
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story