コラム

園児バス置き去り死とその報道に見る、「注意不足」のせいにする危うさ

2022年09月16日(金)20時05分
スクールバス

事件や事故が起きやすいのは「入りやすく見えにくい場所」(写真はイメージです) loveshiba-iStock

<多くの事故や事件は発生確率が高い状況で起こっている。「運が悪かった」「注意するから大丈夫」で片付けず、再発を防ぐために知っておくべきこと>

今月5日、静岡県牧之原市の認定こども園で、女児がバスで登園後、5時間にわたり車内に置き去りにされ、熱中症で亡くなった。この「置き去り死」をめぐって報道が過熱したが、そのほとんどは「人」に注目する「犯罪原因論」である。悪者を懲らしめたい気持ちは理解できる。しかし残念ながら、それだけでは再発は防げない。

人は絶えず注意することはできない。人はロボットと異なり、「注意モード」と「不注意モード」を行ったり来たりしている。問題は、注意すべきときにどうすれば注意できるかである。

「注意モード」をオンにする確実な方法は、キュー(開始の合図)を出すことだ。その方法を開発してきたのが「デザイン」に注目する「犯罪機会論」である。「人はミスをする」を前提にして、安全確保の「持続可能性」を高める手法だ。

「犯罪機会論」によって、事件や事故が起きやすい場所は「入りやすく見えにくい場所」であることが、すでに分かっている。

例えば、静岡の認定こども園の「置き去り死」では、「バスは車体全面にデザインが施され、外から車内の様子が確認しづらいつくりだった」(日本経済新聞)ことが指摘されている。バス内を「見えにくい場所」にしていたのだ。

読売新聞によると、幼稚園側は、バスの窓がイラストで覆われて外から車内が見えにくい不備を認めているという。朝日新聞は、「せめて普通の窓だったら、異常に気がつく可能性もあったかもしれない」という隣家の住人の声を伝えている。

つまり、ちょっとした配慮で防げた「置き去り死」である。弱い立場の子どもと接する人にとって、最優先であるはずの安全がないがしろにされていたのだ。なぜ、「手抜き」が放置されていても、気にならないのだろうか。

「注意するから大丈夫」の危うさ

そういえば、大阪教育大付属池田小事件も、門が閉まっていたら起きていなかったかもしれない。犯人は法廷で「門が閉まっていたら乗り越えてまで入ろうとは思わなかった」と述べている。

「がんばれば大丈夫」という精神論が強いせいなのだろうか、科学で安全を守る「犯罪機会論」が低調だ。そのため、「置き去り死」をもたらした通園バスのような、「犯罪機会論」に反するデザインは、日本の至る所で見られる。

例えば、アメリカ生まれのコンビニは、元々、アメリカでの犯罪実態の調査を踏まえて、全面ガラス張りの広い窓というデザインを採用した。「見えやすい場所」にしたわけだ。しかし、日本に輸入されると、窓ガラスに大きなポスターが貼られ、「見えにくい場所」になってしまった。これでは、店内では万引きや強盗が起きやすくなり、店の外では車両荒らしや誘拐がしやすくなってしまう。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページはこちら。YouTube チャンネルはこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

世界の石油市場、26年は大幅な供給過剰に IEA予

ワールド

米中間選挙、民主党員の方が投票に意欲的=ロイター/

ビジネス

ユーロ圏9月の鉱工業生産、予想下回る伸び 独伊は堅

ビジネス

ECB、地政学リスク過小評価に警鐘 銀行規制緩和に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 8
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 9
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 10
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story