コラム

ロシアの新たな武力機関「国家親衛軍」はプーチンの親衛隊?

2016年04月13日(水)16時30分

治安部隊を再編し親衛軍を創設したプーチンの思惑は Alexander Zemlianichenko-REUTERS

 4月5日、ロシアのプーチン大統領は、同国の武力機関の再編に関する大統領令に署名した。この大統領令により、内務省系の治安部隊を再編した新たな機関「国家親衛軍」が設立されることとなった。

 このニュースは、西側諸国でもかなりセンセーショナルに報じられているようだ。「国家親衛軍」という言葉がナチス・ドイツの親衛隊を想起させるためか、ロシア国内で大弾圧が始まるかのようなおどろおどろしい見出しも見受けられたが、本稿ではもう少し距離を置いてこの組織の理解を試みたい。ちなみに「国家親衛軍」という語はロシア語のヴォイスカ・ナツィオナーリノイ・グヴァルディイ(=National Guard Force)に暫定的に訳語を振ったものであり、たとえば「国家警備軍」などと訳すこともできるごく中立的な名称であることは断っておきたい(ちなみに親衛隊と訳しうる組織はウクライナやカザフスタンにもあるし、軍では伝統ある部隊に「親衛」の称号を冠すことも多く、いずれにせよ旧ソ連諸国ではさほど珍しいものではない)。

独特なロシアの軍事力構成

 このニュースを理解するためは、まず、旧ソ連諸国の軍事力の構成が西側とは若干異なっていることを理解する必要がある。

 たとえば日本の軍事力といった場合には、基本的に自衛隊のことであり、広義に解釈してもそこに海上保安庁が含まれる程度であろう。ところがソ連では、国防省の管轄する連邦軍(ソ連軍)以外に、内務省の国内軍、国家保安委員会(KGB)の国境軍と、3つの「軍隊」があった。ソ連軍は主として外敵に対する防衛、国内軍は内乱などの鎮圧、国境軍が国境警備を担当するという役割分担である。このうち最大の規模・能力を保有していたのがソ連軍であったことはいうまでもないが、国内軍や国境軍も戦車や装甲車、武装ヘリコプターなどを保有し、中小国の軍を優にしのぐ程度の戦力を有していた。

【参考記事】プーチン大帝と共にロシアは沈む?

 現在のロシアの軍事力構成も、基本的にこの路線を受け継いでいる(実際には崩壊の前後にさらに多くの準軍事部隊が分裂したり、のちに統廃合されたりしているのだが、本稿では扱わない)。これら軍事力を管轄する省庁はまとめて「武力省庁」とか「力の省庁」などと呼ばれ、その構成員やOBを指す「シロヴィキ」は、自身もシロヴィキであるプーチン大統領の下で権勢を振るうことになった。

 このうち、国家親衛軍の母体となる内務省国内軍は現時点で兵力約17万人と陸上自衛隊をも上回る規模を持ち、チェチェンなど北カフカス地方でのイスラム過激派に対する掃討作戦でも中心的な役割を担ってきた「第二の陸軍」である。2011年にロシア各地で発生した反政府デモにおいても、国内軍は一般の警察とともに鎮圧任務にあたった。さすがに現在では戦車や武装ヘリコプターは保有していないが、装甲車や火砲を装備する重武装組織である。

プロフィール

小泉悠

軍事アナリスト
早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究などを経て、現在は未来工学研究所研究員。『軍事研究』誌でもロシアの軍事情勢についての記事を毎号執筆

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国レアアース規制の影響、現時点では限定的と予想=

ビジネス

国立競技場の呼称「MUFGスタジアム」に 来年1月

ワールド

EU、ガザ復興への影響力最大化へ和平理事会参加を検

ワールド

マクロスコープ:政界混乱示す「総総分離」案、専門家
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 5
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 6
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 7
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 8
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story